367「いじわるな人と過去の苦しみ」令和5年5月

五月二十日になりました。連休八日目です。今日は私の心の中にずっと残っている話を書きます。

私の息子は今中学一年生です。息子が四歳になる手前に私が離婚して実家に戻ってきたので、息子は幼稚園、小学校、中学校とすべて私の母校となりました。私の最初の体験談にも書いていますが、私には幼少期からの楽しかった記憶なんてほとんどありません。記憶に残っているのは怖かったこと、辛かったことばかりで当然幼稚園の時の記憶も楽しかったことなんてありません。クラスの子にいじわるなことを言われたり仲間外れにされた辛い記憶やクラスの前に立って人から注目される時の死ぬほどの恐怖を味わった記憶しか残っていないので、息子が私の母校に通うことになった時には正直気が滅入りました。できれば辛い記憶しか残っていない自分が通った幼稚園には通わせたくなかったんですが、市役所を通して保育園の申請をしていて、夕方まで子供を預かってくれる所がその時その幼稚園しかなかったんです。

私は自分が幼稚園に通っていた時からすでに人に対する極度の恐怖心を抱えていました。いつも私をじーっと見てくる女の子がいて、ある日その子からクラスの女の子全員がいる前で私のことを嫌いだと言ってきた時には本当に傷つきました。そのことがあってから私はそれまで以上に人が怖くなりました。私は小さい時からずっと視線恐怖症でも苦しんできたんですが、その原因はその女の子も関係しているんだと思います。幼稚園だけでなく、小学校、中学校、高校とすべてにおいて私には極度の恐怖心を抱く人物がいました。大人になってからもその人達にされた苦しみ恐怖を忘れることができず、フラッシュバックでかなりの年数苦しみ続けました。「子供はみんな無邪気でかわいい」とそんなセリフを聞いたことがありますが、私は「そんなことはない。いじわるな人間は小さい時から本当にいじわるだ」とずっと思い続けてきました。

そんな過去の辛い記憶に縛られて長い間生きてきていたので、息子が私の母校に通うことになったのは私にとっては苦しみでした。息子が幼稚園に通うことになった時には長年私が苦しんだ社交不安障害の原因だった私に憑依していた怨霊は浄霊で御守護をいただき離れていたため死ぬほどの恐怖というのはなくなってはいたんですが、過去の苦しみを忘れたわけではなかったので息子が私の母校に通うことになったのは昔の自分の心の傷をえぐられるような気持ちでした。そして、私は人前での死ぬほどの恐怖はなくなってもいきなり対人関係がうまくいくようになったわけでもなく、息子が年中組の途中からの入園となってしまったため幼稚園のママさんと仲良くなれる自信が全くなく、かなりの警戒心を持った状態で幼稚園の行事にも参加していました。人が怖いという思いを抱えながらも何人かは私に優しく話しかけてくれたママさんもいたので本当にそれは救われた思いでした。

息子が小学校に上がってからは恐怖というほどのものはもうなくなっていたんですが、PTAや保護者が集まる行事がある時はそういう大人数の集まりに苦手意識がありました。大人数が集まる場というより私は女の人ばかりが集まる場が苦手なんだと思います。私の場合は前世の因縁というものもあったと思いますが、学生時代であっても社会人になってからも私に極度の恐怖を与えてきた人物がほぼみんな女の人だったからでもあると思います。多少の精神的苦痛はあったものの小学校のPTAにはほぼすべて出席はできたと思います。

なんで今さらまたこんなことを書いているのかというと、息子が中学校にあがり、中学校では幼稚園で一緒だった子達と再び一緒になり、そうなると当時警戒心剥き出しで幼稚園の行事に参加していた自分のことを思い出し、警戒心と人との関わりが苦手でろくに挨拶もできずにいた当時の幼稚園のママさん達と顔を合わすことになるのでかなり気まずいという思いが私にあり、憂鬱な気持ちになってしまったからです。そして、それと同時に三十五年も前の幼稚園の時の自分の辛かった出来事、というよりその人物のことを頻繁に思い出してしまうようになってしまったからです。

これまで過去に私に極度の苦しみを与えてきた人物というのは前世やずっと大昔に私と関係があった人物だということも分かっています。父にしてもそうですし、小学校と高校で一番私に苦しみを与えてきた人物は乙姫の系統なんだろうと思っています。中学校で一番私に苦しみを与えてきた人物においては大昔に私が捨ててしまった子供との因縁関係だったんだろうと思っています。詳しいことまでは書けないんですが、私が勝手にそう思っているだけで違うかもしれません。

ただ私の幼稚園の時の苦しみに関しては何かしらの因縁関係があったのかどうかさっぱり分からないままです。その人に関しては前世などの関係は一切なく、ただ気が強くて人前で本人に向かって嫌いとはっきりと言ってしまうちょっといじわるな子だったのかもしれませんし、もしかしたら前世の因縁があったのかもしれません。それに当時私が場面緘黙症で人と話すことが上手にできない人間だったためクラスの子から嫌われるのは仕方なかったのかもしれません。

この話は私と同じような苦しみを抱えている方達に向けて自分の話をさらけだそうと思って書きました。ただ、私は過去の苦しみにとらわれて生きた期間はとても長かったんですが、私自身も人にいじわるなことを言ってしまったこともあったと思います。さすがに人前で本人に向かって嫌いと言ったりしたことはないですが、人を傷つけてしまうような発言は何度もしてしまっていると思います。自分自身も言葉に気をつけもっと性格が明るくなって過去の苦しみにとらわれることなく社交的な人間になっていけたらなと思っています。