401「お通夜での問題と人間の死後」令和6年4月

先日末期癌の知人に病院に会いに行き、その三日後その知人が亡くなりました。息子さんから連絡を受け、一昨日お通夜に行ってきました。

私は自分の身内の葬儀は何度か経験しましたが、身内以外の葬儀に行った経験がほとんどありません。数年前に友達のお母さんが亡くなり、その友達と私の妹も仲がよく、そのお母さんとも少し親交があったので、妹と一緒にお通夜の日の式が終わった後の時間にお悔やみに行ったんですが、親族以外のお通夜に行ったのはその時かぎりです。今回自分一人で知人のお通夜に行くことになり、粗相がないようにある程度知識を得ようと仕事から帰りお通夜に行くまでの時間ネット検索をしました。ネットの情報を見ていくうちに親族ではない自分がお通夜の式の時間から参加すべきなのかどうかが分からなくなり、だんだん自分の精神状態が落ちていき、こんなことをさらけ出すのはとても恥ずかしいことなんですが、お通夜に行くことが本気で嫌になってしまいました。そして、お通夜に行くと告げてしまったのに今さらどうやって行けなくなったと告げればいいんだろうかと悩みそれもまたネットで探しました。そして妹にも電話をしました。二度電話しても繋がらず、式が始まる直前の六時前に妹から電話がきて事情を説明すると、「親族でもないんだから八時、九時頃ちょこっと行ってくればいいのよ」と言われ、かなり暗くなって本気で行くのが嫌になっていた私の心が晴れました。妹の言葉に救われて夜八時半頃にお通夜に行ってきました。妹の電話での言葉がなかったら私はそのままお通夜に行くこともできず、そして、そんな自分が情けなくなって当分ずっと落ち込み続けただろうと思います。妹には本当に感謝でした。

昔私は宴会の場や人にお酌をするという行為が死ぬほど苦手でした。職場の宴会、結婚式の披露宴、葬式の時の宴会のような食事の場、そういった場が本当に苦手で、その宴会の間はずっと頭の中は緊張と恐怖でいっぱいで、お酌をしないといけない状況の時にはもう今にも死にそうなぐらいの恐怖でした。その地獄のような苦しみを何度も体験してしまっているので、私は今でもまだ結婚式や葬式に苦手意識があります。お通夜に行ってお線香を上げて顔を見て最後のお別れができたことはよかったんですが、そういった場に一人で行くのもやはり少し緊張してしまいました。緊張のせいで頭の中が混乱し、ご家族と話した時もお悔やみの場にふさわしくない変なテンションで会話をしてしまいました。家に帰ってからは今度はそのことで落ち込んでしまいました。自分の失敗にものすごく動揺し落ち込んだんですが、お風呂に入って体を温めたらまた少し気分が落ち着きました。そして、一晩経ったらその失敗のこともうじうじ悩まず気持ちを切り替えることができました。

知人のお通夜に行ったことで昨日は朝から人の死について考えていました。こんなことを書いてしまったら恐ろしい人間だと思われるかもしれませんが、まず私は人が亡くなっても悲しいという感情がおきません。それは自分の親だろうが親戚だろうが知人だろうが一緒です。御教えを学び死後の世界について知っているからだろうと思います。それ以外でいえば私はもしかしたらサイコパスなのかもしれません。別れた彼のことを散々サイコパスと言ってきましたが、もしかしたら私もサイコパスなのかと思ったりもします。私には彼のように黒龍が憑依しているわけではないので彼のような恐ろしい考え方とは違いますが、普通の人が涙を流す場面で私にはそういったことができないというのは私は普通の人と何かずれてるのかなと思ったりします。マンガやドラマ、映画ではそういった場面に涙しますが、現実の死の問題はそういったものとはまた違ってくるので、私にはただただ悲しむということがありません。

私の母が亡くなったのは私が高校一年の時でしたが、母が亡くなった時も一切悲しくありませんでした。葬式の時は自分の母親なのに悲しくなくてごめんねという思いで涙が出ました。私の最初の体験談に書いてありますが、私自身があまりにも辛く苦しい悩みをいくつも抱えて生きてきており、父と母がいつもいつも大声で怒鳴り合いの喧嘩をしていたことも私には苦しみの一つでもあったので、母が亡くなった時もう二人の喧嘩を見なくてすむと思ったんです。父は船乗りだったので毎日家に帰ってきていたわけではなく、週末だけ帰ってきたり、まとめて一週間ぐらい休みがありました。父はまず朝起きると台所の水回りに関することで大声で母に怒鳴っていました。猫霊が憑依していた父は異常なほど潔癖だったので、母の台所の使い方が気に食わなかったんだと思います。そして、狐霊も憑依していた父はいつも声を荒げて母方の祖父母や大伯母の悪口を言っていました。いつもいつも同じことばかり怒鳴っていました。私は家庭をめちゃくちゃにする父のことが心の底から嫌いでした。母は癲癇の病気も持っていましたし、いつもいつも自分の実家のことを責められてばかりで苦しんでいて、母が亡くなった時母も苦しみから解放されたんじゃないかと思いました。

自分の母親が亡くなった時でさえ一切悲しくなかったので、大好きだった祖父母や親戚が亡くなった時ももちろん悲しくもなく涙も出ませんでした。母方の祖父が亡くなったのは私がネットでメシヤ様の御教えにたどり着き、それまで全く知らなかったメシヤ様の御論文が数多くあったことを知り、感激と興奮で毎日何時間もネットで御教え拝読をするようになったのと、メシヤ教のメシヤ講座を知って当時所属していた東方之光教団の間違いをいろいろ知ってからのことだったので、祖父が亡くなる時にも悲しいなどという気持ちはなく、祖父の死後についてもいろいろ考え祖父を助けたいという気持ちでした。

先日その末期癌の元同僚の女性が亡くなる前に病院に会いに行ったのもただ会いに行ったのではなく、最期に浄霊をしてあげたかったので行きました。それまで一度もその女性に浄霊のことを伝えることができず、助けることができなかったことへのお詫びの気持ちも込めて死後少しでも霊界の上の方にいけるようにメシヤ様に御守護を祈り浄霊をしました。メシヤ様の御教えを知らない方や霊界について詳しく知らない方は病院で治療を受けて散々苦しい闘病生活を送って悪い行いもしていないならきっと天国に行けると思っているんだろうと思いますが、現実は違います。薬を体に入れてしまえばしまうほど体に毒素が溜まり、霊の曇りが増え、その分だけ地獄に落ちてしまいます。霊界には天国、中有界、地獄とそれぞれ六十段ずつあり、病気で亡くなった人は霊界にいってもその病気のままですし、地獄に落ちてしまいます。病気で死ぬということ自体が本来の人間のいい死に方ではないんです。

死後の世界を信じている人でも悪いことをした人間が地獄へ落ちることは分かっていても、薬をたくさん飲んでしまって霊の曇りが多い人も地獄に落ちるなんてほとんどの人が知らないと思います。コロナワクチンが恐ろしいものだと気づいて動いている人達もどんどん出てきていますが、コロナワクチンだけでなく、出生後次々に打たされるワクチンの予防接種だってものすごく悪いものです。製薬会社や病院がなくならないかぎりこの世の中から病気もなくならないですし死後の地獄行きも後を絶ちません。それに宗教宗派によっては先祖が正しく祀られておらず供養ができていない場合もあるので気の毒に思います。私はメシヤ様が今後の先祖の祀り方についてどのようにされるのか、そういった資料のようなものが残されているのかどうかということがもう十年ぐらい気になっています。古い信者さんならもっと長く待っていただろうと思います。メシヤ様が考案された先祖の祀り方で先祖供養をできる日が早く来てほしいです。

昨日は掲示板でパンデミック条約に関する動画を見ました。もうすでにワクチンによる被害がたくさん出ているのにワクチン接種が義務化されるようなことになればさらに死人と病人だらけになってしまいます。日本の政府は操り人形にされてしまっているように思えます。ワクチンを推奨する主導者が改心しないとこの問題は解決しないんじゃないかと思えます。邪神の働きは九分九厘までと御教えにありますが、メシヤ様はどの時点でひっくり返してくださるのかと気になります。

 

400「末期癌の知人に会って」令和6年4月

四月十六日です。昨日の夜以前働いていた職場の癌を患っている元同僚の女性からラインが届きました。ラインを開くとその人の息子さんが打った文章で、今月初めから病院の緩和ケア科に入院していて、もう本人が自分でラインを送ることもできない状態だという内容でした。私はその息子さんとも以前一緒に仕事をしており、そこの仕事を辞めてからもその癌の女性とはラインのやり取りをしたりしていたので、もう末期ということで息子さんが連絡をくれたんだと思います。面会もできるということだったので今日行ってきました。

その女性はいつ命の灯火が消えるかも分からない状態でした。耳は聞こえているということだったので、右手でその方の手を握りしばらく声をかけてから左手でその方の額を浄霊しました。私にできることは最期にその方に浄霊をすることだと思い、その方の身魂が清まって少しでも霊籍を上げていただけるようにメシヤ様に祈り浄霊を取り次ぎました。その間ご家族の方も誰もいなかったので私もゆっくり落ち着いて浄霊ができました。その女性は途中からしばらくの間目も開けていましたし、何か訴えたかったのか少しうーっというような声を出していました。

職場で私がその方と最初に会ったのが一年半前でした。その時点ですでに乳癌の手術をして胸を切除してしまっていました。そして、癌が頭に転移して頭にいくつも腫瘍ができ放射線治療をしていました。それでも可能な限り仕事をしたいとその方は定期的に放射線治療を受けながら仕事をしていました。

すぐ身近に病気の人がいて助けたいと思う気持ちはものすごくあるのに浄霊のことを伝えることができなくて私自身とてももどかしく思っていました。そして、最初に出会った時点ですでに手術をして胸を切除していたので、そういう方に出会ってしまって本当にもどかしく思いました。

人身売買で臓器を切り取ることはもちろん誰もが悪だと思っているでしょうが、私は医療の臓器移植のために臓器を切ることも癌やその他の治療のために臓器や胸を切除することも悪の所業だと思っています。メシヤ様の御教えを学ばれている方ならそう思っているはずです。神様は人間が体を切って臓器や体の一部を切除するなんていう恐ろしい行為は許可していないです。

浄霊は一切体を傷つけることなく病気の原因となっている毒素を溶かすものです。なので、病気で手術をしたという人に出くわすと体にメスを入れてしまう前に出会って浄霊をしてあげたかった、大事な臓器、女性にとって大事な胸を切り取ってしまう前に出会って浄霊をしてあげたかったという気持ちが湧き起こります。なのでその元同僚の女性に対してももどかしい気持ちを抱えていました。

すでに手術をして大事な胸を切り取ってしまったことはもう仕方ないですが、もうそれ以上薬毒を入れないよう、癌が転移しないように浄霊のお取り次ぎをしたい、そういう気持ちはありました。ですが、職場の人に浄霊の話をする勇気はありませんでした。そして、私は今現在どの教団にも所属していないため浄霊をしてくれる所を紹介することもできませんし、もちろん医療と浄霊を併用している間違ったことをやっている教団に案内するわけにもいきませんし、仕事と家事と育児を一人でこなしている状態の私には時間的にも一人で受け入れることなんてできませんでした。

毎日人に浄霊のお取り次ぎをする生活をすることが私の願いです。そうなるにはまずは清算だと思っています。さっき掲示板を見たら東方之光教団の仮光明会館新装工事地鎮祭の動画が投稿されていました。前回の紫微宮建設に続きまた勝手なことをやってるなというのが私の感想ですが、メシヤ様はこれをどうご覧になられているんだろうか、このまま使われるんだろうかと気になります。

 

399「酔っ払って涙がとまらない」令和6年4月

昨日は久しぶりに近くの店に息子とご飯を食べに行きました。その店に行ったのは浄霊ヒーリング協会のことをブログに書いた日以来だったかもしれません。元々その店は息子が気にいっていて、しばらくずっと行っていなくて息子が最近ずっと行きたがっていたので行きました。浄霊ヒーリング協会のことを書いた時にファミリー居酒屋と書いたので「居酒屋」という部分に反応して子供を居酒屋に連れて行くのかと思った方もいるかもしれませんが、住宅街にある普通に家族で行けるような店です。夕方からしか営業していなくてアルコールが飲めるので居酒屋という言葉を使いましたが、その店は食事処となっています。以前私のそのブログの内容を批判したユーチューバーの方の動画のコメント欄でそういった批判があったので一応書いておきます。

以前は私はその店に行く際はアルコールは生ビールを一杯だけか赤ワインを一杯追加する程度でした。浄霊ヒーリング協会のことをブログに書いた際はずばずば書いてしまうことに勇気がいったので生ビールを飲んだあとに赤ワインを二杯飲みました。その店に行ったのは本当に久しぶりのことで、お店の店員さんも近くに住む私の母親世代の女性の方で、以前毎日のように大発狂して近所中の方を恐怖に陥れた私の父の存在も知っているはずなのに父の話は一切触れず、自分の話を私にいろいろしてくれて私を楽しませてくれる方です。昨日も久しぶりに行った私と息子のことを温かく迎えてくれました。久しぶりにその店に行ったことと三日前の出来事の苦しみがあったことで昨日は生ビールを一杯飲んだあとグラスワインを三杯飲んでしまいました。私が普段家で飲むのは缶ビール一本です。昨日はもうかなり酔っ払ってしまいました。

家に着いたらすぐ吐いてしまいました。そのあとはもう酔っ払っていて感情が溢れてしまって涙がとまりませんでした。彼のこともMさんのことも考えないようにしたくてもそんなことは簡単にはできません。先日の学級PTAの時にMさんの姿を見てもちろん私はものすごく苦しかったですが、Mさんだって私を見て苦しかったはずです。こんな苦しい目に遭うことなんて彼を紹介された最初の時点ではMさんも思ってもみなかったと思います。

先日の彼の気持ち悪いインスタグラムの投稿でも分かるように悪魔のような心、悪魔のような人格をもつ彼は私が苦しむことを楽しんでいると思います。前にも書いていますが、彼はMさんを紹介され何度かMさんと会っていた期間私とも会っていました。そして彼は「俺は悪魔に魂を売ったんだよ」と言ったんです。彼を傷つけて彼をより悪魔のようにしてしまったのは私なんですが、今の状況はあまりにも残酷です。彼の人格に関してはMさんはまだそこまで彼のことを分かっていないのかもしれませんが、彼と付き合っていた私とMさんの子供同士が同じクラスになり私とMさんが学校行事でお互い何度も姿を見ないといけなくなったことはMさんだって苦しいはずです。私だけじゃなくてMさんも苦しんでいて、悪魔のような心をもつ彼は私が苦しむことを楽しんでいて、それを考えたらとてもつらくて悲しくて、昨日はお酒を飲んで酔っ払って涙がとまらなくなりました。

私が一番に大事にしないといけないのは息子ですが、やっぱり彼のこともMさんのことも考えてしまいます。この苦しみは簡単にはなくならないです。心が壊れてしまわないようになんとかこの一年を乗り越えたいです。

 

398「彼のことより大事なこと」令和6年4月

昨日はクラスのPTAでMさんを見てしまい、辛すぎてすぐさまブログにも書いてしまいましたが、今日は朝からイライラすることがあって息子にぐちぐち文句を言って息子を落ち込ませてしまいました。

新学期には学校への提出物がいろいろあるためどこの家庭も大変だと思いますが、封筒に入れて提出するはずの書類が二枚入っておらず、どこを探してもなかったので、息子に二枚入ってなかったよとは伝えていました。息子は昨日学校で書類を提出した際そのことをよく理解できていなかったようで担任の先生から二枚足りてないと言われ、今度はまたそれを私に言ってきました。それも今朝学校に行く準備をしている最中で時間もぎりぎりの時にです。「だから二枚足りてないって言ったじゃん。学校の机の中を探してなかったら先生に言いなさい」とイライラしながら同じことを何度もぐちぐち言ってしまいました。書類関係は子供にも難しいことなのに足りてない書類のことで責められても息子も訳が分からないはずなのに私はイライラしながらぐちぐち息子を責めてしまい息子も落ち込んでいました。

今日までの提出期限だった自転車通学誓約書も昨日提出してはいたんですが、私が裏面を見ておらず通学の地図を書き忘れてしまっており、それも今日の朝家を出る直前で息子が書類を出してきたのでそれにもまた腹が立ってぐちぐち息子を責めてしまいました。元はと言えば私のミスで起こっていることですし、足りていなかった二枚の書類に関しても私が一言メモを書いて担任の先生に渡すようにすればよかったのにそんなこともせず私はぐちぐち息子を責めてしまいました。息子は今も支援学級で、交流学級の子たちより足りてない部分が多いのに私のミスで起こったことを息子のせいにして朝からイライラして息子を傷つけてしまいました。

そして、私は自分でも本当にひどいことをしてしまっていると分かっているんですが、息子に対してバカという言葉を言ってしまいます。今朝もイライラしてバカという言葉を使ってしまいました。家族間なので冗談で言うならまだしもイライラしながらバカという言葉を使ってしまいました。息子も自分自身が他の子よりもできないことが多くて他の子より劣っていると自分で言っています。息子が自分に自信がないのは私のせいだと思います。私は恋愛にかまけている場合ではありませんでした。別れたサイコパスの彼のことを心配するより私はもっと自分の子供を大事にしないといけない、もっと子供への浄霊もしっかりしていかないといけないと改めて思いました。息子にイライラしてしまっても絶対にバカとは言わない、何度もぐちぐち同じことを言わないと決意しました。

昨日のブログで書くかどうか迷ったんですが、彼が私にまだ復讐心があって私が苦しむことを彼は楽しんでいると書いたのは彼のインスタグラムを見たからでもあります。昨日の夜妹が我が家に来たんですが、その時にまた妹の携帯で彼のインスタグラムを見たんです。そしたらその三日前にとても気持ち悪い投稿を彼はしていたんです。内容までは書きませんが彼は自分がSEXを楽しんでいることをアピールするようなそういったことを連想させるような投稿をしていたんです。離婚して遠く離れて暮らしてはいるものの彼自身にも子供がいますし、彼が今現在お付き合いしている女性にも思春期の子供がいるのに自分がSEXを楽しんでいることを連想させるようなことをインスタグラムに投稿するなんて気持ち悪いですし、頭がおかしいのかなと思ってしまいます。軽いのりでやったことなのかもしれませんが気持ち悪かったです。私もこのブログで彼とのそういった話を書いてしまっていますが、それは決してそういった行為を楽しんでいるだとかアピールしたいなどの意図はありません。その投稿の前日に私は彼と車ですれ違って目を合わせてしまっているんです。先月彼と電話で話した際にも私は散々彼に怒りをぶつけてしまっているので、もしかして彼のその気持ち悪い投稿は私に見せつけるためにやったのかなとも思えたんです。

こんなことまで書いてしまったらもしも彼が私のブログにたどり着く日がきた時には余計に私に殺意を抱くだろうと思います。彼は元々力が強いですが、今は毎日トレーニングをして体を鍛えているようなので、彼が私を殺しにやってくれば私は片手で彼に殺されるだろうと思います。ですが、私だって彼にひどいことをされています。おあいこだと思ってほしいです。

あんな気持ち悪い投稿を見てしまったらさすがに引きます。別の女の人とお付き合いをして楽しくやってる彼のことをいつまでも想い心配しててもどうにもならないのでこれからは息子のことをもっとちゃんとみていこうと思います。彼のインスタグラムももう見ないようにしようと思います。息子とMさんの子供が同じクラスになり、この一年何度もMさんの姿を見ないといけなくなったことはもちろん精神的にきついですが、そういったことももうなるべく考えないように努力していこうと思います。昨日見たMさんの様子からしても精神を病んでいるようには見えませんでした。サイコパスの彼とお付き合いをしていても問題なくやっているということだと思います。彼と問題なくやっていけているのであれば、できるならもうMさんにはこのままずっと私のブログにはたどり着かないでほしいです。

 

397「運命のいたずらか」令和6年4月

今日は息子が通う中学校のクラスのPTAがありました。ありえないことにMさんがいました。Mさんの顔は別れた彼のインスタグラムで見て知っており見た瞬間Mさんだと分かりました。一学年七クラスもあるのでまさか子供同士が同じクラスになるとは思っていなかったのでとても驚きました。予定していなかった専門部の部長になったためそのことで緊張もしていたんですがMさんのことが気になってしかたありませんでした。地獄のような時間でした。私はこの一年Mさんの苗字なんて知りませんでしたがMさんは私の苗字も彼から聞いて知っていたでしょうし、顔だって知っていただろうと思います。私は今でも彼に対していろんな感情を持って生活しているのに彼が今現在お付き合いしているMさんの子供と私の息子が同じクラスになり、PTAでMさんと一緒になるなんて地獄でしかありません。

こんな辛い思いをしないといけないならもうサイコパスの彼の心配をするのなんてやめてしまおうかとも思います。人を殺して人の肉を食べた話をする彼のことをMさんはどう思っているのか、彼はその話をMさんにはしていないのか、それをMさんに直接聞いてみたい気持ちもあります。PTAのあとスーパーに寄ったら偶然そこでもMさんを見かけました。駐車場でもMさんを見かけたのでもうこれはおもいきってMさんに声をかけようかとも思いましたがやめました。

彼には人としてありえない残酷なことをされた上に今年は何度もMさんの顔を見ることになりました。先月彼と電話で話してたくさん彼に怒りをぶつけた際にもMさんとずっと付き合っていくつもりならMさんを連れてどこか遠くに引っ越してくれないかと言ったんですがもちろんそんなことはしてくれるわけもなく、結局こんな地獄のような目にあいました。先月彼と電話で話した際も彼は「復讐心なんてなかった」と言い張りましたが絶対にそれは嘘だと思っています。彼は今でもまだ私に復讐心を持っていると思います。彼は女を自分に夢中にさせること、未練を持たせることを楽しむような人間です。私が彼とお付き合いをしていた時も彼は彼に好意をよせている女の人とラインのやり取りをして、ちゃんと飲みの誘いや告白を断ってはいましたが、「俺のことをずっと想っていればいい」と私に言ったんです。その時もなんて残酷な男なんだろうと思いました。

先月彼と電話で話して散々怒りをぶつけたもののあとからラインでやっぱりまだ好きだと伝えてあります。Mさんと別れた時には連絡くれたら嬉しいですとまで言っています。それを伝えたのは彼が私にラインを送ってきたのはもしかしたらMさんとの関係が上手くいっていなくて、それならまた彼とやり直せるんじゃないかと思ってしまったからです。彼は私が彼に未練があることが分かっておそらく楽しんでいると思います。彼がサイコパスだと分かっているのに彼のことを嫌いになれません。サイコパスだからこそ彼のことを助けたい、歪んだ彼の心を真っ当にしてあげたい、人を殺して人の肉を食べたと思いこんで生きてる彼を助けたい、彼に憑依している黒龍が抜けるように浄霊をしてあげたいと思う気持ちがあるため私は彼のことを忘れることなんてできないんです。

そんな私の気持ちなんて知らず彼は私とMさんの子供が一緒のクラスになって内心楽しんでいるんじゃないかと思います。私が苦しむことを彼は楽しんでいるんだと思います。彼はよく悪魔モードになるので彼の考えることは想像できてしまうんです。

残酷なことをされて苦しみを抱えながら私はまだ彼のことを心配してしまうのか、まだ彼のことを想ってしまうのか、自分がどうすればいいのか分かりません。

 

396「お伊勢参りと狐霊が抜けた父」令和6年4月

三月三十日から四月一日の二泊三日で家族でお伊勢参りに行ってきました。息子と妹と甥っ子、そして今回は父も一緒でした。初日は中部国際空港から高速船で三重県の津市まで行き、そこからレンタカーで二見興玉神社に行きました。その日は鳥羽にあるホテルに泊まり、鳥羽湾の美しい景色を眺めながら食事や露天風呂を楽しむことができました。

二日目は伊勢神宮外宮、猿田彦神社伊勢神宮内宮を参拝しました。内宮の正宮は天照大神の和御魂、荒祭宮には天照大神の荒御魂が祀られているとあり、ネットで調べると天照大神の荒御魂は瀬織津姫で、内宮の荒祭宮には瀬織津姫が祀られているとありました。まるで和御魂と荒御魂が別人の神様であるかのように読み取れる書き方ですがどちらも同じ神様のはずです。正宮の和御魂も瀬織津姫を祀っているなどと書いてしまったら大変なことになるので濁してあるのかもしれませんが日本の歴史はおもしろいなと思います。歴史というのは時の権力者によって書き換えられてしまうものなのかもしれませんが、夜の時代は天照大神も隠退していたと捉えれば代わりに奥さんが大々的に祀られてきたこともそう間違いでもなかったのかなとも思いました。その日は外宮の近くのホテルに泊まりました。料理も美味しかったですし、ホテルの作りがおしゃれで楽しめました。

三日目は最初の予定では別の神社に行く予定だったんですが、つい先日掲示板で一番さんが朝熊岳金剛證寺のことを書いてくださっていたのでぜひそこへも行きたいと思い、三日目は朝熊岳金剛證寺に行きました。お寺に入ったらすぐに天照大神の少年の時の姿の雨宝童子を祀る雨宝堂がありました。こんなに小さな御堂なのにこんなところに本物が祀られていたのかぁと感動しました。

今回のこのお伊勢参りは半年前から計画しており、楽しみにしていたことだったんですが、私にとっても妹にとっても一番の重大事は父も一緒に行ったことです。父は一年前から再び精神病院に入院しています。施設が管理するアパートで一人暮らしをしていたんですが、止められていたにも関わらず毎日こっそりお酒を飲むようになり、何度も警察沙汰になるような問題を起こし、また以前のように大声で発狂するようになってしまったからです。そして、入院した最初の頃は出された薬は捨てていたそうですが、病院から注意を受け父は薬を飲むようになってしまいました。そして父は薬の副作用でパーキンソン病になってしまいました。ゆっくりではあるもののなんとか自分で歩けるということだったので、今回外泊許可を得て父も一緒にお伊勢参りに行きました。

この二泊三日の旅行で私が一番驚いたことは父が一言も人の悪口を言わなかったことです。口を開けば声を荒げて人の批判ばっかり言ってるような人間だったのに、父は一言たりとも人の悪口を言わず、遠慮がちな父本来の姿が最初から最後までずっと続いたんです。狐霊が抜けていたんです。副守護神の天狗と狸霊もおとなしくしていました。去年の八月に息子を連れて父に面会に行った時には薬の副作用でパーキンソン病になって迫力はなくなっていたものの相変わらず親戚の悪口を言っていました。薬で興奮状態を押さえつけることはできても薬で心の中まで変えることなんてできないとその時そう感じました。それから数日間は父への遠隔浄霊に取り組みました。

日が経つと父への遠隔浄霊もまたしだいにしなくなってしまい、今年に入って最初の頃、一月上旬に一度父に浄霊をしたい気持ちがわき起こり父に遠隔浄霊をしました。自分のブログをいくつか読んでいたら父の話が出てきてそういえば狐霊がまだ憑いたままだったと思いだし、その時は父に憑依している狐霊が抜けるように願いを持って遠隔浄霊をしました。欠伸がたくさん出て父に浄霊が届いているのが分かりました。たしか一月の下旬だったと思いますが、妹が父に洗濯物を届けに行った時に私も一緒に行って父に面会しました。その時の父も一切私や親戚の悪口を言うこともなく穏やかだったんです。なので、その時からもしかしてと思う気持ちがありました。そして、今回二泊三日父と一緒に過ごし、やっぱり狐霊が抜けてると確信しました。

父に狐霊が憑依したのはおそらく救世教に入信してからだと思います。伯母からの勧めで救世教に入信し、信者同士の紹介で父と母は結婚しています。父に狐霊が憑依し父が長年父方母方の親戚の悪口を言い続けてきたことは救世教の間違いを伝えるための先祖の警告でもあったんだと思っています。私が今四十一歳なので、父は四十年以上狐霊に憑依され続けてきたんだと思います。それが今年に入りようやく御守護いただけました。

父は現在入院しているため毎日薬も出されています。普段妹が父を連れて外出する時に病院から渡されている薬は妹が毎回父に言って捨てています。今回の旅行に際し病院から出された薬ももちろん飲んでいません。ですが、普段父が病院で出される薬を飲んでいるかどうかは分かりません。何度も父に聞こうかと思ったんですが妹に止められました。

父を病院に入院させてしまったことも辛いですし、薬を飲ませないでほしいと病院に言えずにいることも辛いです。何度も警察沙汰になってしまってからの入院だったので妹も病院に薬を使わないでほしいとは言いづらかったんだと思いますし、私も父のことは妹にまかせっきりだったので何も言えませんでした。もしかしたら父は入院した最初の頃と同様今はまた出された薬を飲まずに捨てているかもしれませんがちゃんと確認していないので分かりません。旅行先で父が妹に病院から渡された薬を「捨てるだろ?」と言ってはいました。

父が最初に精神病院に入院したのは今から六年前の四月でした。メシヤ教を通じてサタンに憑依され、毎日お酒を飲むせいで父の副守護神の天狗と狸霊も毎日大暴れし、父に長年憑依していた狐霊と猫霊による大発狂もあり、ご近所を巻き込んでの大発狂がエスカレートしてしまい、お酒を飲めないようにするために父を預かってくれる所が病院しかないため入院にいたりました。そして、その時には父に薬を飲まさないように病院の先生に頼み込みました。父は明らかに宗教を通じて邪神に憑依され狂人と化しました。それを薬で押さえつけようとしても何も根本的な解決にはならないです。神様から御守護をいただかないと邪神は抜けないです。

今の父を見るかぎりすでにサタンは抜けていますし、以前書きましたがおそらく猫霊も抜けています。今年に入ってようやく狐霊も抜けたんだと思います。ようやく狐霊が抜けたということはその元にあるメシヤ様御昇天後邪神に支配されてきた救世教の終わりを意味するものでもあるように思えます。

父については今後どうすればいいのか今もまだ決められずにいます。パーキンソン病になってしまった父は今はもう入院以前のように大股でしゃきしゃき歩くことなんてできません。どうにか自分で歩くことはできますがとてもゆっくりです。右手は常にがたがた震えています。左手も右手ほどではないですが震えています。オムツもしています。今の父はもう介護なしでは生活できなくなってしまっています。邪神が抜けて発狂することもなくなり親戚知人の批判もなくなったのであれば私が父の世話をしながら父と一緒に生活していけばいいのかもしれませんが、いくら父の精神状態が落ち着いたとはいえ私はもう父と一緒に生活したくありません。七年前に性的なことで父にされたことはどうやっても記憶から消すことなんてできないのでどうしても無理なんです。

二泊三日の旅行では父の歩調に合わせ父を気遣い、ホテルのバイキングの料理も父の分は全部私が父の食べたい料理をとって回り、夜は父に浄霊もしました。二泊三日程度のことなら難なくできますが、毎日そういったことができる自信がないです。妹も父と一緒に生活することを考えてくれてはいますが、邪神が抜けて発狂することはなくなってもパーキンソン病になってしまった父と生活することは覚悟のいることなので決断できずにいます。薬を出されずに暮らせる施設に入居できればいいんですが、どこの施設も病院と連携しているので施設を探すのも簡単にはいきません。

七年前に父にされたことで当時は本気で父のことを八つ裂きにして殺してやりたいと思っていましたし、早く死んでほしいと本気で思っていました。早く死んでほしいと願う一方で邪神が抜けた父の姿を見てみたいという願いもありました。苦しみが緩和できるように自己浄霊をして自分自身も御守護もいただき、今年になってようやく狐霊が抜けた父の姿を見ることができ願いが叶いました。ですが、退院した父と一緒に生活する覚悟はないというのが今の現状です。

 

395「感情と体温」令和6年3月

三月十八日です。前回ブログを更新してから二ヶ月近く経ちました。本当は書きたい話はいくつもあって途中まで文章を作っていたのにネット検索をしていたら興味のある話が出てきて何日も続けてそちらの方に没頭してしまうということなどが起こったりして文章が完成せず、この話はまだすべきじゃなかったのかなという結論にいたり結局二ヶ月近くブログの更新もできませんでした。私のプライベートの話であればいつどんな話を書いても問題ないと思うので今日はまた別れた彼の話を書きます。

一昨日の夜別れた彼からラインが届きました。前回彼とラインのやり取りをしたのは十一月下旬だったので約四ヶ月ぶりのことでした。文字ではなくスタンプが送られてきました。彼が私にラインを送ってくるということはついに彼が私のブログを知って私を殺しにやってくるかもしくはMさんとの関係がうまくいっておらず私に浮気心があってラインを送ってきたかのどっちかだと思いました。ですが、彼が私のブログにたどり着く可能性はまだないですし、ラインが送られてきたのが夜の十時だったので、おそらく浮気心があってラインを送ってきたんだろうと思いました。彼にはMさんというお付き合いしている女性がいますし、彼とのラインのやり取りで彼に惑わされるわけにもいかないので既読をつけずにそのまま返事もせずに寝ました。

その翌日の昨日は息子と妹親子と一緒に薩摩川内市の新田神社に参拝に行き、そのあとはランチをして、温泉に行って帰ってくるという予定があったので、神社参りが無事に済むまでは心を乱すわけにいかないので神社に着く前にラインのトーク画面を開き「どうしたの?」とだけ送りました。そして、神社参りをしてニニギノミコトの山陵といわれている可愛山陵へも行き、そこまで終わって車に戻りラインを確認すると彼からの返事がきていました。そこからは妹が運転する車の中で彼とのラインのやり取りが続きました。彼は前回のラインのやり取りと電話での会話で彼が私の息子が通う中学と同じ学校に通う子供がいる人と付き合っているということに関してかなり揉めたもののちゃんと和解できたと思っていたようです。ですが、私はその時の彼とのやり取りで彼のやったことを許せる気持ちなんて一切ありませんでした。なので、昨日のラインのやり取りでもまたそのことでかなり彼を責め立てました。彼と付き合っているMさんのこともはっきりと「あなたもMさんも人としてありえないことをやったと思っています」と怒りをぶつけました。

ランチをする予定だった店に着くとお客さんで満席で待ち時間があったのでその間に車から出て彼と電話でも喋りました。私が責めていることに関して彼はそれは偶然だったんだからと何度も言っていましたが、私は彼がMさんと付き合い出す当時の彼の精神状態を知っています。本当に悪魔のような精神状態でした。何人もの女の人を自分に夢中にさせて切り捨てていた彼がMさんを選んだ理由は私に復讐するためだったんだと今でも思っていますし、そのことも彼に言いましたが、彼はやはりそれを認めませんでした。そして、彼の主張は出て行ったのはそっちでこっちが振られた立場なのになんでそのあとに付き合う人のことまで制限されないといけないのかというものでした。今から一年七ヶ月前、「出て行ったら別れる、出て行ったらもう絶対によりを戻さない」という彼の言葉を聞かず、ヤクザみたいな大声で怒鳴り続けられたことに耐え切れず出て行ったのは私なんですが、それでも彼のことを忘れることなんてできず、別れてからも何度も彼と話し合ってきていたのに彼はよりによって息子と同じ学校に通う子供がいる人を選び付き合いだしました。

彼は電話で「俺女なんて信用してないもん」という言葉を何度も言っていました。それを聞くとやっぱり私はMさんは彼の私への復讐の道具に使われているんじゃないかと思ってしまいます。彼とMさんが付き合いだしてもうすぐ一年が経ちます。彼がMさんに人を殺して人の肉を食べたという話をしているかどうかは分かりませんが、彼がサイコパスであることはMさんももう十分分かっているだろうと思います。それでもMさんは彼の魔術師のような言葉に魅了されて彼から離れることなんてできないだろうと思います。

本当は私がMさんを責めるのはひどいことだとは思っています。紹介で最初に二人が会った時点では私の子供とMさんの子供が同じ中学校になるとは知らなかったそうですし、魔術師のように女を魅了するのがとても上手い彼の手にかかれば一回彼と会って彼と会話をするだけで彼に惹かれてしまうMさんの気持ちは私にも十分に分かります。なので子供同士が同じ中学になると分かった時点ではもう引き返せないぐらい彼に夢中になってしまったんだろうなとも想像できます。それを分かってはいてもやっぱり私だって辛いです。そして、私はサイコパスである彼の人格のこともずっと心配してきました。電話の最後では「あなたは二重人格じゃん。あなたの人格のことでも私はずっとあなたのことを心配してたんだよ」とも言いました。

これまでに何度もしてきた話をまた今日も長々と書いてしまいましたが、今日一番書きたかったことは体を温めることの重要性についてです。昨日は別れた彼にたくさん怒りの感情をぶつけてしまいましたが、そのあと温泉に行きサウナにも入りました。私は普段は温泉に行ってもサウナには入らないんですが、そこの温泉のサウナは窓から庭の綺麗な景色を眺めることができ、その景色に心を癒やされながらしばらくサウナに入っていました。そして、体が温まったと同時に気持ちがすごく明るくなりました。そして、彼に謝まらなきゃと思いました。

体が冷えている状態だと思考状態も悪く、体が温まった状態だとすごく気分も明るくなって楽観的思考になります。彼とお付き合いをしていた頃彼と喧嘩になってしまった時雨に濡れて体がとても冷えた状態の時がありました。体は寒いし気分も落ちてしまってこれではだめだと思い喧嘩の途中で「ちょっとお風呂に入らせて」と言い、すぐお風呂を沸かし湯船に浸かって体を温めたら一変に気分が明るくなり、自分が笑顔になりました。そして、お風呂から上がったらすぐに彼に「さっきはごめんね」と謝り、彼もすぐ笑顔になり仲直りしたことがありました。

私は喧嘩をした時にはお風呂に入って体を温めれば気分が明るくなって謝って仲直りができるという方法を体験して知っていたのに一年七ヶ月前に彼と別れるきっかけとなった喧嘩をした時にはお風呂に入って気分を変えようと何度も思ったにも関わらず私はそうせずに彼の家を出て行ってしまいました。

昨日温泉でサウナに入って体が温まって気分が一気に明るくなり彼をたくさん責めてしまったことを謝ろうと思い家に帰ってからラインで謝りました。ただ謝っただけでなく、やっぱりまだ好きだと、もしMさんと別れた場合には私に連絡をくれたら嬉しいですと伝えました。

彼がこれから先もずっとMさんと交際を続け将来的には結婚をするつもりでいるのかどうかは分かりませんし、Mさんも彼がサイコパスであることを分かった上でこれから先も彼と交際を続けていくつもりなのか二人のことは私には分かりませんが、Mさんには申し訳ないですが私の気持ちを彼に伝えさせてもらいました。彼がMさんと結婚することになったとしてもちゃんとそれは受けとめるつもりです。

 

394「破壊と建設」令和6年1月

一月二十四日です。今年の元旦は御神前で新年最初の朝拝を行ったあと朝早く家を出て大隅地方にある大崎町まで初日の出を見に行きました。いつものごとく息子と妹と甥っ子と四人で行きました。宮崎県の日南に行くか大崎に行くかを話し合い大崎に行くことにしました。私が朝目覚まし時計の音に気づかず妹からの電話の着信音で起きてしまったため家を出る時間が少し遅くなってしまいましたが、日の出の時間にはどうにか間に合いました。海岸に着くと海の上に湯気が上がっている珍しい光景を目にしました。「けあらし」というんだそうです。そして、十五分ぐらい待っていたら水平線の雲の上から太陽が出てきました。太陽がキラキラしていてとてもまばゆい光景でした。こんなに素敵な初日の出が見れて大崎まで来た甲斐があったなと思いました。

そのあとは大崎でどこか神社参りをしようと妹と話し、ネットで照日神社という神社を探しだし行ってみました。照日神社は昔は伊勢神宮と称していたそうです。今年は家族で人生初の三重の伊勢神宮参拝を計画しているので、新年早々鹿児島の伊勢神宮を参拝できてよかったなと思いました。照日神社には見通しのいい展望所があり、人もいなかったのでそこでしばらくゆっくりしていました。今年は辰年なので、今年は龍神の大活動の年になるんだろうなと考えていました。

家に帰り着き家事を一通り終わらせ一息ついていたら夕方ニュースで地震の情報が流れました。石川県で大地震が起こり、津波警報が出され驚きました。地震は地龍の働きなんだそうですが、年明け早々すごいなと思いました。たくさんの家屋が倒れ亡くなられた方や怪我をされた方もたくさんいるようで胸が痛みました。また二日の日には羽田空港で大事故が起きました。そのニュースを見ていたらワクチンのことが頭に浮かびました。その事故の海保機の機長や管制官の方が新型コロナワクチンを接種しているのかどうかは分からないですしワクチンの副反応は人それぞれですが、新型コロナワクチンは猛毒です。毒が頭に溜まればミスの許されない場面での大きな事故にも繋がってくるんじゃないかと思えました。

最近次々にいろんなことが起こっているように思います。世の中をよくしていこうと動いてもそれを阻止しようと邪神も動きますし、個人、家族、団体それぞれ罪の清算も行われます。メシヤ様に繋がり御守護をいただいてほしいという気持ちが湧き起こります。そして、夜の文化の不用なものの破壊と昼の文化の建設は同時に行われ、最後の審判に際し一人でも多くの人を救うためにメシヤ様は世界救世(メシヤ)教を開教されているので、分裂、離脱した教団が一つにまとまる日が早く来てほしいと願っています。

先日以前の掲示板を読み返してみようと思いしたらば掲示板を見ました。今現在の掲示板は一つの波紋3となっていますが、以前の一つの波紋その2は「したらば掲示板」に内容が移行されています。したらば掲示板の「明主様 一つの波紋 その3」の中で以前の掲示板を見ることができます。あとからの新しい投稿順になっており、五千以上の投稿があるため「1から表示」に切り替え最初から読み返してみました。そして、すぐに大事なところを見つけました。傍観者さんが投稿されている31番目のメシヤ様のお写真についての投稿です。メシヤ様が座られて全身を写したお写真があるそうで、それを教団が真の一元化するまで預かっているようにとの指示を受けずっとそのお写真を大切に守ってくださっている方がおられるようです。三年も前の投稿だったので私もその話を忘れてしまっていました。早くそのお写真を拝見できる日が来ることを願います。

 

393「年の瀬に」令和5年12月

十二月三十一日です。この二ヶ月間は年末の短期募集の職場で働いたんですが、とてもいい職場でした。店長さんをはじめ一緒に働く方たちが本当にいい方たちでとても楽しい二ヶ月間でした。こんなにいい職場を体験できたことがとてもありがたいことでした。

本当は年末最後の日まで勤務になっていたんですが、息子が熱を出し、次の日には私も熱が出て最後の四日間は休みをもらいました。おそらくインフルエンザだろうと思います。熱が出て頭や体の毒素が溶けてありがたいことでした。甥っ子も熱を出していたんですが、首の後ろ、頸椎の部分を浄霊したらすぐに熱が三十七度台から三十六度台に下がったと妹が言っていました。

今日は今月書きたかった話をまとめて書こうと思います。今月中旬浄霊ヒーリング協会の關さんが逮捕されました。自分が神様になったような態度になっていたので邪神に隙を突かれてしまったんだろうと思います。被害にあった中学生の女の子にはとても気の毒に思います。

つい先日は掲示板に久々に東山さんが投稿されていました。浄霊ヒーリング協会についてのユーチューブを紹介されていたので見てみたらおもいっきり私のブログの批判までされていたのでうわーっと思いました。気持ち悪いだのばかだの言っていたのでちょっと傷つきましたがそのユーチューバーの方は霊的なことなどは一切信じない方なんだろうと思いますし、実際にスピリチュアル系は偽物が多いのも事実だと思いますし、私のブログを初めて見る方があんな文章を読めば気持ち悪いと思うのも当然のことなんだろうなと思いました。

あともう一つ書きたかったことは「三救」というメシヤ教の三重支部の責任者だった方のブログについてです。メシヤ教が邪神の霊憑りを信じておかしくなる前までは三重支部のメシヤ講座も毎月読んで勉強させてもらっていました。楳木先生が亡くなられてからは三重支部の方のブログを見ることもほとんどなかったんですが、先日久しぶりに読んでみました。

まず、三救のブログを読んで気になったのは「浜松神界通信」というものの存在です。今月の月次祭での話の中にも少し浜松神界通信の話がありましたし、先月の月次祭での話の中ではさらにその話がありました。メシヤ教関係者の中では未だに霊憑りがあるのかと驚きました。詳しく分からないまま書くわけにもいかないので、今日は数時間かけてその浜松神界通信というものの内容を探しました。どうやらその浜松神界通信というものは昔にあったもので、それを借りてきて書き起こしているようでした。ですがやっぱりそれも偽物だと思います。なぜそんなに霊憑りを信じてしまうんだろうかと疑問に思います。神界からの言葉があると安心する、これからの方向性が分かるといったような気持ちがあるのかもしれませんが、必要なことは全て御教えに書かれているとのメシヤ様の御言葉もありますし、本当に困った時には御神前でメシヤ様に祈れば答えはいろんな形で導き出されます。見えない霊の言葉を安易に信じ込むのは危険なことなのにメシヤ教関係者がそういった霊憑りを信じてしまっていることをとても残念に思いました。

そして、先月の月次祭での話の中にこれは私のことを言ってるんだろうなと思う箇所がありました。

「先程の浜松神界通信の続きの話になりますけども、男で初めて女で終わるという話、ある意味、先生が初められたメシヤ教を終わらせたのも女性だと言えるのではないかなと。(省略)

皆さんがどのように考えられようと、自由であります。

私達は御教え、メシヤ講座、浜松神界通信を受け継いでいます。」

という部分です。話が省略されていたのでどんな話をされていたのかは全く分かりませんが、三救責任者の方はおそらく私に対していい感情はないんだろうなと思いました。三救責任者の方が私のブログを読んでくださっているのかは分かりませんが、私と楳木先生との衝突に関してはブログの中でも説明していますし、そのあとに起こったこともすべてブログに書いているのでもうこれ以上説明できることもありません。

御教えを熟知されてる方は全国にたくさんおられると思いますし、三救責任者の方もその一人だと思いますが、霊憑りを信じるのはやめた方がいいと思います。

年の瀬にまた批判のようなことを書いてしまいました。ですが、言わないわけにもいかないので書かせてもらいました。

 

392「怒りのラインと彼との電話」令和5年11月

十一月二十六日です。昨日は仕事が休みだったので、不燃ごみを捨てにゴミ収集場に行きました。そしたらそこで偶然別れた彼に会ってしまいました。私は彼とは目を合わさないようにしたんですが、彼はぱっと手を上げてから去って行きました。私は今もまだサイコパスである彼のことを心配している反面人としてありえないことをやった彼に対する怒りの気持ちも抱えているため彼と会っても目を合わせて挨拶をするなんてできませんでした。

彼と最後に会ったのは四月なのであれからもう七ヶ月経っています。その間にも彼とは何度か車ですれ違ったことはありました。そのたびに彼はぱっと手を上げて挨拶をしてくれていました。私も一度は手を振って返したことはありましたが、彼が私への復讐心で息子と同じ中学校に通う子どもがいる人と付き合いだしたんだと考えるとどうしても腹が立ち目を合わせることができませんでした。三月頃彼に会った時に「俺は悪魔に魂売ったんだよ」と悪魔モードの彼は言ったので、それがこのことだったんだろうとは思っています。彼に対してはこんな人としてありえない残酷なことをしておきながらよく平気な顔をしていられるなと不信感もあります。彼がくずだということは分かっているんですが、私がどうしても気になっていたのは今現在彼とお付き合いをしているMさんのことです。Mさんは自分の子供と彼と別れた私の子供が同じ中学校になると分かっていた上で彼を紹介され付き合うことを決めたのかどうかということがどうしても気になっていました。この苦しみは国武彦からの命令を受けた白狐による奉仕だったんだと分かっていてもやはりどうしても苦しみは消えずにいました。

昨日偶然彼に会ってしまったことで彼への怒りがまた沸々と湧いてきてしまい、夕方彼に「お久しぶりです。今日はタイミング悪く会っちゃってごめんね。確認したいことがあるんだけど、今付き合ってる人って○中に子どもがいる人だったの?」とラインを送ってしまいました。ですがなかなか既読はつきませんでした。Mさんを傷つけないために彼はもう私のラインを見るつもりもないのかもしれないと思いました。

息子が中学校を卒業するまであと二年四ヶ月あります。それまでずっと私はMさんのことを意識し続けてしまうだろうと思います。体育祭や他の学校行事があるたびにMさんのことを考えてしまうだろうと思います。九月にあった体育祭の時にはもしかしたら彼が来るんじゃないかとものすごくもやもやしました。もしも彼が体育祭に来たら私はもう耐えきれず怒りのラインを送ってしまっていただろうと思います。もしくはその場で彼に文句を言いに行っただろうと思います。ですが、体育祭には彼は来ていませんでした。体育祭を見に行くほど彼はまだMさんの子供と仲が深まっていないんだろうと思います。というより彼はもう本当は子持ちの女の人とは絶対に付き合えないというレベルの精神状態だったはずです。立て続けに子持ちの女と付き合って子供のことで喧嘩して別れて彼は彼なりに本当に苦しんだはずです。もう絶対に子持ちの女の人とは付き合えないはずなのにまた彼は子持ちの女の人と付き合っています。それはやはり私への復讐心があったからだと思っています。

もう彼からのラインは返ってこないのかもしれないと思っていたら昨日夜十一時頃彼からのラインが届きました。

「お久しぶり!無視したので教えません。そして。聞かないほうがいいでしょう!

俺も今病院に通い始めて一年経とうとしてる。やっと自分に向き合えてきてる。

人と考え方が違ってたから悩んでたけどなんで人が信用できないのか自己分析してわかった。恋愛もなんで上手く出来なかったかわかった。そして今一歩一歩登ってる。今自分の限界にも挑戦してるところ。だからそっとしておいてほしい。」

という内容でした。そしてすぐに電話もかかってきました。彼には私の息子と同じ中学校に通う子供がいる人と付き合っているという話は誰から聞いたのかと聞かれました。それは相手にも迷惑がかかると思い最初は言いませんでした。彼はあまりにも残酷なことをしたにも関わらずそのことを悪びれた様子もありませんでした。そして、ラインでも送られてきたようにこの一年精神科に通い続けて自分自身を見つめてきたんだという話を長い時間語られました。依存症の人達と語り合っているんだそうです。彼には彼の苦しみがあり、一年も精神病院に通い続けていているんだということは分かりましたが、私が彼に怒りのラインを送ったのは彼がやったことが本当のことなのかどうかを彼自身に確認するためです。彼には根掘り葉掘り問いただし彼が今付き合っているMさんの子供と私の息子が同じ学校だったという確証を得ました。彼に何度問いただしても彼は復讐心なんてなかったと言い張りました。ですが、絶対にそれは嘘だと思っています。たとえ復讐心でやったことだとしてもそんなことを正直に認めるはずなんてないことも分かっていますが、彼は上手いこと言い逃れをしました。

彼と話をして彼はやっぱり私が彼と喧嘩をして「出て行ったら別れる。出て行ったらもう絶対によりを戻さない」と言ったにも関わらず私が彼の家を出て行ったことを今でも根に持っているようでした。だからこそ私とMさんの子供同士が同じ中学になると分かっていた上で彼はMさんと付き合うことを決めたんだと思います。彼は「それは偶然なんだから仕方がなかった」と言いましたが、彼がMさんを紹介されMさんと何度かデートをしていた頃彼は私ともまだ関係が続いていました。それにも関わらず彼は私との関係を切り私の息子と同じ学校に通う子供がいるMさんと付き合いだしたんです。

彼には謝罪を求め一応謝ってはくれましたが、彼には心から私に悪かったと思う気持ちなんてないと思います。彼にはMさんとお付き合いをずっと続けていくならMさんを連れてどこか遠くに引っ越してくれないかとも言いましたが、子供が中学生の間は彼もMさんも結婚するつもりはないんだそうです。Mさんも当然私の存在は彼から聞いて知っており、子供同士が同じ学校なので嫌な思いをしているんだそうです。だったらなんで彼と付き合うことを決めたのかと言いたくなります。

彼とは結局一時間半ぐらい電話でしゃべりました。最後の方には彼は私に対し浮気心を出してきました。さすがに私にはそんなことをする気はなかったのではっきりとそんなことはしないと言いましたが、Mさんに捨てられた時には私に戻ってきてもいいからねと言っておきました。

Mさんが私のブログを知る日が来るのかは全く分かりませんが、彼はMさんのことを大事に思っています。Mさんも彼に夢中になっていて何度彼と別れ話になっても彼から離れることはできないだろうと思います。Mさんには存分に彼との恋愛を楽しんでほしいと思っています。ですが、いつかはMさんもサイコパスの彼に疲れきってしまう日がくるだろうと思います。彼の恐ろしい発言に凍りつく日がくるだろうと思います。

自己中で残酷なことを平気でやるような人間ですが、それでもまだ私には彼を心配する気持ちがあります。もしもMさんがサイコパスの彼に疲れきって彼と別れたならその時には捨て犬となった彼を私が拾うと思います。いつかは彼を想う気持ちも彼を心配する気持ちもなくなる日がくるかもしれませんが、今はまだサイコパスの彼のことを心配しています。

 

391「大隅で地震」令和5年11月

十一月十一日になりました。尋常じゃないほど大変だった工場での仕事も先月末の契約修了日まで無事にやり遂げその翌日からまた新たな職場で働いています。現在の仕事は接客業の仕事で以前に経験のある自分のやりたかった職種です。包装をする仕事をやりたくて先月下旬携帯で仕事探しをしてその日のうちにすぐいい職場を見つけネットで応募し、休みの日に面接を受け次の日には採用のメールが届きました。自分のやりたかった仕事でしかも時間もかからず簡単に仕事が決まったのでとてもありがたいことでした。今回もまた短期募集の仕事で応募したため来月には契約修了となります。年末はかなり忙しいそうなんですが最後まで頑張ろうと思っています。

今日は朝方地震が起きました。最初に揺れを感じた瞬間に「しまった」と思いました。地震に備えた準備を何もしていなかったからです。最近掲示板やユーチューブなどでも備蓄の話が出ていたので私もある程度は準備をしておこうと考えていた矢先の地震だったのでしまったと思いました。ですが幸いにも震度一か二ぐらいに感じる程度の揺れだったので何も被害が起きず助かりました。

ですがいくら備蓄をしていようがお金をかけて災害対策をしていようが何かあった時に霊の曇りが多い人は助からないので、霊の曇りをとっていただくためにも普段の自己浄霊や人への浄霊のお取り次ぎが大事だなと改めて感じました。そして、いざとなった時の分かれ道は日頃の心、言、行だなとも思いました。そして、何かあった時にメシヤ様を信仰する自分は人を助ける側にまわらないといけないなと思いました。

朝起きてから携帯で地震の情報を調べたら地震震源地は私が住む薩摩地方ではなく大隅地方でした。一番地震の揺れが大きかった場所を見て別れた彼のことを考えました。その場所が彼が生まれ育った地域だったからです。大崎という所なんですが彼とお付き合いをしていた頃一度彼と息子と三人で大崎に行ったことがありました。今はもう更地になっていますが、彼が住んでいた場所、彼が通った小学校、彼が毎日のように遊んだ海岸を見て回りました。彼の先祖の墓参りもしました。今朝の大崎での地震でその日のことを思い返しました。

私のブログを読んでいる方には別れた相手のことをいつまでも考え続けるなんて執着が強いなと思われるかもしれませんが、彼への未練というよりも彼のことを心配する気持ちをずっと持ち続けています。彼には今もまだ黒龍が憑依しているはずです。自分が人を殺して人の肉を食べたと思い込んで生きているはずです。そして、病むと人の肉を食べたくなると今でも思っているはずです。たとえ別れてはいてもそんな危険な人間のことを放っておけるわけがありません。彼には人としてありえないと思うほどの残酷なことをされましたが、それでも彼のことを心配しています。

今現在彼とお付き合いをしているのはMさんです。彼はMさんとのデートの写真をよくインスタグラムにあげています。付き合い出して半年の間はMさんの顔をスタンプで隠していましたが、先月ついに彼はMさんの顔を隠さずにインスタグラムにあげました。そして、彼はMさんの職業や職場をインスタグラムのストーリーで明かしています。彼がインスタグラムでMさんの下の名前を明かしているため下の名前は分かりますが、私は苗字までは知りません。以前、MさんとMさんを彼に紹介したあんなさんに早く私のブログに辿り着いてほしくて参政党の名前を出させてもらいましたが、現時点でMさんとあんなさんが私のブログを知ったかどうかは全く分かりません。私が彼がサイコパスであることを知ったのは彼との出会いから一年経った頃なので、彼はまだMさんの前では恐ろしい話はしていない可能性もあります。だからこそMさんはまだ彼とお付き合いができているんだとも思います。今はもうMさんの職場が分かっているためMさんに会いに行って彼がサイコパスであること、Mさんにも命の危険があるということを私が直接伝えることもできます。ですが私がMさんに会うことはお互いが精神的にきついと思います。

神様のことも浄霊のことも信じなかったのは彼ですし、黒龍が憑いたままでいいと言ったのも彼なのでこれ以上私が彼のことを心配してもどうしようもないことなのかもしれませんがやっぱりまだ心配しています。地震の話から結局今日もまた彼の話になってしまいました。

 

390「稲荷神社と狐の祠」令和5年10月

十月七日になりました。一週間の仕事を終え今日はやっと休みです。今の仕事を始めて一ヶ月は過ぎましたが毎日くたくたです。作業の場所にもよりますが、尋常でないほど忙しい所を担当になった日はもうあまりにも疲れすぎていて家に帰って家事をするのもとてもきついです。十年以上勤務している人がたくさんいる一方で新しく入った人はすぐ辞めていく、そんな職場です。私は短期募集で入ったためあと三週間がんばれば契約修了なのでどうにか最後までがんばるつもりでいます。

先週と同様今日も神社参りの話を書こうと思います。先週の日曜日は妹と甥っ子と三人で鹿児島神宮に行きました。いつもならだいたい妹から誘われて神社参りに行くんですが、今回の鹿児島神宮は自分から行きたいという気持ちが沸き起こり妹を誘って行きました。鹿児島神宮にはこれまでに二、三回は行ったことがありますが最後に行った日から五年以上は経っています。自分からどうしても行きたいという気持ちになったのは鹿児島神宮に何かあるんだろうなと思いました。その日もまた黒いアゲハ蝶が出迎えてくれました。

鹿児島神宮は本殿の横にいくつかの神社があります。そこには今までも参拝していました。きっと私が行ったことがない所が他にあるんだろうと思い右奥を見たら鳥居が見えました。奥に稲荷神社があったようで、三人でそこへ向かいました。朱い鳥居をいくつもくぐっていくと二つの神社がありました。左側が大多羅知女神社で右側が山神社とありました。山神社が大山祇命だということは分かりましたが大多羅知女神社の御祭神が分かりませんでした。この二つの神社が門守のようになっていてその奥に稲荷神社があるのでこの神様より狐の方が位が上なのかぁと思いながらさらにまた奥へと上って行きました。

稲荷神社の前まで行くと一人の年配の男性が参拝をされていました。祝詞を上げておられたので邪魔をしないように鳥居の前で待っていました。私は何の理由も分からずその稲荷神社に行っていたのでその男性を見て今日の案内役の方なんだろうなと思っていました。その男性は稲荷神社で参拝を終えると今度は左奥の山の前で参拝をしていました。何をしているんだろう、山に向かって参拝しているんだろうかと思いながら見ていました。

その男性の参拝が終わってこちら側へ戻ってきた時に妹と一緒に何をされていたんですかと尋ねました。そしたら狐が祀られていると教えてくれました。「こっちは動物の世界の神だから山に入る時にはその神様にお参りしないといけない」と教えてくれました。その方は林業をされていて定期的に参拝に来られているようでした。その方の話を聞いて御教えを思い出しました。御教えには山を穢すとその山にいる天狗が怒るとあります。天狗に連れ去られて遠くまで飛ばされたりする話もあったと思います。また、鳥屋などはたくさんの鶏を絞め殺すので月に一度は供養をした方がいいというような御教えがあったと思います。山の話と動物の話と重なりますがそういった御教えを思い出しました。その男性は林業をされていてどうしても山で動物を蹴って追い出すようなことがあるようなので定期的に参拝されているようでした。こうやってちゃんと定期的に参拝されている方は動物を傷つけたり殺したりする職業の方でも動物の恨みによる災い、病気は起こらないんだろうなと思いました。

その男性が帰られたあと妹と稲荷神社で参拝をし、左奥に進むとその男性に教えてもらった通り祠があり小さな陶器の狐がいくつも祀られていました。少し下がった岩穴にあるので離れた場所からでは一切そこは見えません。その男性に教えてもらわなかったら一切気づかなかったはずです。そして、ほんの数分時間が違えばその男性とも会っていなかったはずです。やっぱりその方は霊界からの働きで用意してもらった案内役の方だったんだなと思いました。

今日は仕事が休みだったので先週行ったその神社についてネットで調べてみました。門守のような形で二つ並んでいた大多羅知女神社の神様は神功皇后のことだったようです。そして、稲荷神社の御祭神は宇賀魂命(ウカノミタマノミコト)、大宮売命猿田彦命とありました。私は今まで稲荷神社にはほとんど行ったことがあまりません。記憶にあるのは一度か二度くらいだと思います。稲荷神社は狐を神様として祀っているというイメージだったからです。今日数年ぶりに稲荷神社に関する御教えをネットで確認しました。「太初の時代、人口が漸次増加するに従い、主食の増量が必要となったので、天照大御神は五穀生産の担任者として豊受明神に命じ給い、全国的に稲穂を頒布されたのである。その際、今日と違い交通不便のため、豊受明神は狐に命じ給うたのである。」とありました。この御教えは覚えてはいましたが、狐のことを稲荷と呼ぶ場合もあるためと神社には本物の御神霊やその分霊ではなく動物霊が蟠踞している神社が多いという話などが混同して稲荷神社は狐を祀っていると思ってしまっていました。狐は御祭神ではなく神様の遣いでした。稲荷神社の御祭神のことを知ってその手前に門守のようにあった二つの神社にも納得しました。御教えの豊受明神が宇賀魂命のことなんだと思います。そして、岩穴の祠に祀られていたいくつもあった陶器の白い狐を思い出し、あれは白狐を祀っているということだったのかと思いました。

何の下調べもせずに行った鹿児島神宮でしたが意味のある参拝でした。

 

389「霧島神宮」令和5年9月

九月二十四日、その日私は息子と妹と甥っ子と出かけました。お彼岸だったのでまずは墓参りに行き、そのあとは霧島市にある妹のおすすめの店でランチをして、それから猿田彦神社に行きました。その猿田彦神社はとても小さな神社でした。その日は神社参りは猿田彦神社だけのつもりで、神社参りのあとは霧島の滝の上部を見に行く予定でした。そこへ行く途中に霧島神宮があり、妹がトイレに行きたいと言い出し霧島神宮の駐車場にあるトイレを借りると言い出しました。神社に行っていながらただトイレを借りるだけというのはおかしいので急きょ霧島神宮も参拝することになりました。

鳥居をくぐると黒のアゲハ蝶が出迎えてくれました。社殿の前には参拝者が列を作って並んでいました。空を見上げると社殿の右上に龍神がいました。私は霧島神宮には今までに何度も行っています。ですが、霧島神宮龍神を見たのは初めてでした。妹も空を見上げ自分で龍神に気づいたようです。そして、妹が龍神に気づいたと同時に六歳の甥っ子も龍神に気づきました。空を見上げて「ドラゴンがいる」と言ったんです。他の参拝者で龍神に気づいた人がいたかどうかは分かりませんが甥っ子には驚きました。

私達家族は霧島神宮に行った時には必ず社殿の左手奥にある山神社に行きます。木花咲耶姫の父親の大山祇神が祀られています。そこに向かう時にもまたアゲハ蝶が姿を現しました。山神社の鳥居の前でもまたアゲハ蝶が出てきました。大山祇神に呼ばれているように思えました。

大山祇神は妹の縁結びをしてくださった神様です。霧島神宮の裏にある山神社のことを人から聞きお参りに行った一ヶ月後妹は出会いがあり、その男性とお付き合いが始まり甥っ子を授かったんです。妹はお腹に子供を授かったものの残念ながらその男性とは結婚にはいたらず未婚の母とはなってしまいましたが、妹は子供と二人幸せに暮らしています。子供を授かったことは妹にとっては人生最大の幸せだと思います。大山祇神はそういった御縁のある神様です。今回山神社でもアゲハ蝶に出迎えられもしかしたら私にも御縁をいただけるんじゃないかと思ってしまいました。別れた彼のことは今もまだ忘れることができない状態です。サイコパスである彼のことを心配する気持ちと人としてありえないことをやった彼に対する怒りの気持ちもあります。

彼のことはもう忘れるべきなのか、私はもう恋愛なんてするべきではないのか分かりませんが、大山祇神様に「幸せになれますように」と祈りました。恋愛の苦しみが消えさえすれば恋愛なんてしなくても幸せに暮らしていけるはずです。なのでただ幸せになれますようにとだけ祈りました。

 

388「コミュニケーション能力」令和5年9月

九月十八日です。先月末から新たな仕事を始め、今の職場は土日祝日が休みなのでこの三日間は休みでした。どの仕事だろうと慣れるまではとてもきついものですが、今の仕事は私にはことさらきつく感じました。前職は倉庫内の仕事でそれ以前はほぼ接客業の仕事ばかりで、今回初めて工場の仕事をしています。楽しいと思える作業ととても難しいと思う作業の両方があり苦戦しています。どの職場でもあることですが人間関係でもいろいろあります。つい先日は仕事中に元々痛めていた左手首に負担がかかりすぎて酷い痛みが起こり、もうこれ以上は続けられないかもしれないと本気で考えたりもしました。

今の仕事は短期募集の仕事だったため来月には契約修了となります。来月の契約修了までどうにかがんばって今の仕事を続けていきたいとは思っています。

この三連休の初日は家の掃除に没頭しました。昨日はユーチューブを見たり息子のゲーム機でテトリスを夢中でやったり日課の携帯で無料マンガを読んだりと自由な時間を過ごし、夜は息子に浄霊を取り次ぎました。息子は中学でも支援学級です。知的の方ではなく情緒の方の支援学級です。支援学級のクラスでは友達と仲良くできているようですが、交流学級では人との関わりがうまくできないようで本人も悩んでいます。コミュニケーション能力が足りていないことを息子本人が自覚していて悩んでいます。私自身も小さい時から消極的で人との関わりもものすごく苦手だったので息子の気持ちも理解しているつもりです。授業のほとんどを支援学級で受けており、交流学級のクラスの子と仲良くするのは息子だけに限らず他の支援学級の子たちも難しいと思っている子はいるんだろうとは思いますが、交流学級で誰とも喋らず一人でいる息子を想像すると私も胸が苦しくなります。入学した最初の頃は交流学級の子とも話ができていたようだったんですが、最近はそんな話は聞きません。自分に自信をなくしてしまっているんだと思います。交流学級にいる時間がほんのわずかな時間であっても前後左右の席の子と簡単な雑談ができるようになってほしいと思っています。

息子には私のような苦しみは味あわせたくなかったんですが、息子は昔の私と同じでコミュニケーション能力が足りておらず、これは本当にどうにかしないといけないと思い先月の夏休みの期間は私がちょうど仕事のブランクがあったのでなるべく毎日息子に浄霊を取り次ぐようにしていました。ですが、私が新たな仕事が始まってからは息子への浄霊の取り次ぎもぱたりと止まってしまっていました。最近また息子から悩みを打ち明けられ息子が悩んでいるならどうにかしなければと息子自身も自分でメシヤ様に御守護を祈るように説明し、嫌がらずに素直に浄霊を受けるように話し、昨日は十分程度浄霊を取り次ぎました。息子はじっと座っているのが苦手のようですが、これは慣れでもあると思いますし、十分程度の浄霊をなるべく毎日継続していきたいと思っています。

 

387「国武彦」令和5年8月

八月二十六日です。今週月曜日から私は派遣で新たな仕事が始まり研修のような形で二日間は働いたんですが、職場のトラブルがあり作業が半分しか稼働せず、また五日間休みで、来週から本格的に仕事が始まることになりました。昨日私は一人で地元のカフェに行き、そこでゆっくりしながら携帯でネット検索をしていました。大本のお筆先について調べようと思い大本神諭ウィキペディアを読んでいたら、『喜三郎は「艮の金神」を「国武彦命(国常立尊)」と審神する』とありました。

この部分がひっかかり「国武彦」と心の中でつぶやいた一秒後稲光がひかり、大きな雷が鳴りました。間近で雷が落ちたようでした。とってもびっくりしました。

御教えでは国武彦は国常立尊の息子だとあります。国常立尊伊邪那岐尊にもなり、伊邪那岐伊邪那美尊に五人の子供がいて、そこにもう一人いるとあります。長男が伊都能売天皇で次男が天照天皇で三男が素戔嗚尊で長女が稚姫君尊、次女が初稚姫尊だとありますが、そこにもう一人国武彦の存在があったんだろうと思われます。雷はこの国武彦に関する合図だったんだと思えました。

国武彦は白狐の総帥でもあります。白狐の話は以前にも書きましたが、もしかすると「白狐が下郎の役で奉仕する」というのは一度だけではなかったのかもしれません。白狐の数もたくさんいて、生まれ変わるだけでなく人に憑依することだってできるはずです。国武彦はまた私に試練を与えてきたのかもしれません。

私は今もまだ毎日彼のことを考えながら生活しています。一年前彼と喧嘩をして、「出て行ったら別れる。出て行ったらもう絶対よりを戻さない」と言われてそれでも彼の家を出て行ったのは私なので、彼が別の女性とお付き合いをすることはもう私にはどうすることもできないことだと分かっています。ですが、私の息子と同じ中学に通う子供がいる人と新たに付き合うなんてあまりにも酷すぎます。彼のことを心の底から最低な人間だと思っています。人としてありえないと思っています。私も彼に一生私のことを忘れられなくさせてやるという復讐心で彼の要望に応えて彼を満足させてから彼にさよならを告げるということもやってしまっているので彼がさらに私に復讐心を持つことも理解できるんですが、その後もまた私は彼に連絡をしており彼だって私の気持ちを分かっていたはずです。それなのに複数いた女性を切り捨てあえて息子と同じ中学に通う子供がいる人と付き合いだすなんて本当に信じられないです。私はメシヤ様の奥津城参拝へ行き我がとれるという御守護をいただき彼を怒らせたのも傷つけたのも私なんだと、自分が悪かったんだと自分の非を素直に認めることができました。ですが、そのこととこの問題は別問題です。

前のブログではあんなさんとMさんに配慮して書きませんでしたが、正直言って私はあんなさんとMさんにも不信感を持っていました。あんなさんは彼にMさんを紹介した時彼と別れた相手である私とMさんの子供が同じ中学になるということを知ってた上で彼にMさんを紹介したのかと疑問に思っていました。もし逆の立場だったらどう思うか教えてほしいと思っていました。あんなさんが旦那さんがいる人なのかシングルマザーなのかは知りませんが、もし旦那さんもしくは彼氏と別れたとして、別れても相手のことをずっと想っているのにその人が自分の子供と同じ学校に通う子供がいる人と付き合い出したらどう思うのか、辛くないのか、苦しくないのか、それを教えてほしいと思っていました。

私はこんな残酷なことをされてあと何年この苦しみを抱えて生きていかないといけないんだろうと心に棘が刺さったような状態で生活しています。常に暗くなっているわけではなく毎日ごくごく普通の生活を送っていますが、それでもやっぱり毎日彼のことを考えてしまいます。こんな残酷なことをした彼を憎む気持ち、サイコパスである彼を心配する気持ち、私と息子のことを大事にしてくれていた彼のことを想う気持ち、私の母性本能をくすぐる彼の可愛らしいところを思い出してはまた彼とやり直したいと思う気持ち。いろんな感情があります。

彼は本当に口が達者な人間なので、あんなさんもMさんも彼の話を完全に鵜呑みにし、彼のことはいい人間で私のことは嫌な人間としか思っていないんだろうと思います。ですが、たとえそう思ったとしても子供同士が同じ中学になると分かっていたならそこはちゃんと配慮してあんなさんもMさんを紹介するのはやめてほしかったですし、Mさんにも紹介を断ってほしかったです。

名前を出してしまっているのでとても失礼になるとは思いますが、あんなさんもMさんもこんな残酷なことをやったことは白狐に憑依されてのことなのかなと思えます。もしかしたらあんなさんもMさんも子供同士が同じ中学だということなんて何も知らなかった可能性もありますし、私があれこれ勝手に考えて書いていることなので、怒らせてしまったら申し訳ないですし、逆に立ち直れないぐらい傷つけてしまったならこれは奉仕として国武彦の命令を受けて憑依してきた白狐にさせられたことなんだと思っていただきたいです。

あんなさんとMさん、そして彼が私のこのブログにたどり着く日がくるのかは分かりませんが、私もこの苦しみは白狐の奉仕だったんだと受け止めていつかはこの苦しみから解放されて明るく前向きに生活できるようになれたらなと思っています。私はどうしても自分の思ったとおりにしか文章が書けないので、あんなさんとMさんに当てつけのように聞こえてしまったら申し訳ないです。本当はこんなことはブログに書かない方がよかったのかもしれません。元はサイコパスである彼とお付き合いをしていればMさんもいずれは命の危険性が出てくるので、そのことを伝えるために名前をださせてもらったんですが、彼のことで私は今もまだ苦しんでいる状態なので書いてしまいました。