420「先生に相談」令和8年7月

先月ブログで息子が友達から嫌がらせをされていた話を書きましたが、そのブログを出した次の日にもまた息子はその子から嫌がらせをされていました。世の中には毎日毎日嫌がらせをしてくる人間が本当にいるんだなと実感しました。その子のお母さんに話をするべきか学校の担任の先生に相談するべきか迷いましたが、担任の先生に連絡をし先月ブログを出した数日後学校で先生に相談しました。

先生からはその子とLINEのやり取りをもうしないようにと指導を受けました。私はその子に対してはものすごく腹が立っていたんですが、それでもなんとか穏便に会話を終わらせたいと思い息子とその子のLINEのやり取りで加勢をしてしまったんですが、先生の的確な指導に感服しました。そして、その次の日に先生からその子に話をしてもらえました。LINEのやり取りをしないだけでなく、息子を一人にしてほしいと先生から伝えてもらいました。

入学当初は息子はその子と二人だけでいることが多かったもののしだいに四人グループになっていき、三人以上になるとどうしても緊張して会話ができなくなる息子は昼食時間に四人で一緒にお弁当を食べる時も会話に入っていけず、話しかけられてもぎこちない返事しかできないことに息子もかなり悩んでいたようです。三人以上になると緊張して会話に入れないだけでなく、息子はそういう状況になるとその場を離れるという行動をとっていたようです。そんな息子に対してもその子は苛立ちがあり、嫌がらせが増してしまったんだろうと思います。なので、一人にしてほしいということを先生からその子に伝えてもらいました。

嫌がらせをされるにもそれなりの理由があるとは思いますが、だからと言って嘘をついて人を混乱させたり嫌がらせをするなんて許せないです。息子がその子からされた嫌がらせは私が把握していることだけでもいくつもあり、そのすべてをブログに晒したいくらいなんですが我慢して一つだけ書きます。

前回ブログで書いた「◯◯くんの言ってることが聞き取れない、大事な話をしてるのに僕には分からない。補聴器をつけたい」と息子が何度も辛そうに言っていたことです。その子が息子に大事な話をする時に息子が理解できないようにわざと小さな声で話す場面に私は居合わせているんです。

先月学校に息子を迎えに行った時に一度だけその子を一緒に車に乗せて家まで送ったんですが、その時にその子はびっくりするくらいものすごく小さな声で息子に何か喋っていたんです。そして、息子はその声を全く聞き取れていなかったんです。息子はその時携帯を触っていたのでおそらくその子が何か喋っているということすら気づいていなかったと思います。本当に何を言ってるのか全く分からないような声で話していたんですが、「ボランティア」という言葉だけは私には聞き取れました。

部活動をやっている生徒がボランティア活動に参加するという話は息子から聞いていたためその子がそのボランティア活動のことを何か話してるんだろうとは思ったんですが、共有すべき大事な話のはずなのになんでこんなに小さな声で話してるんだろうと私もその時疑問に思ったんです。そして、いくらびっくりするくらい小さな声であったとしても隣に座っていながら何一つ聞き取れていない息子にも不安を感じました。そのボランティア活動の話をぼそっとしたあと私とその子が話した際にはその子は普通に聞き取れる声で喋っていたんです。おそらく頻繁にこんなことが繰り返され、わざと小さな声で話しておきながら「話聞いてなかったんだね」と息子は混乱させられていたんだろうと思います。そして息子は補聴器をつけたいと毎日悩むほど精神的に追い詰められていたんだと思います。元々息子が小さい声が聞き取りづらいという面があったんだとは思いますが、わざと小さな声で話して人を混乱させるなんて酷いなと思います。

担任の先生に相談した翌日に先生からその子には話をしてもらっているので、息子とその子はもう接触がありません。嫌がらせから解放されたものの一人ぼっちにはなってしまいました。ですが息子は一人の方が気が楽だと言っています。最初の一週間は息子は誰とも話すこともなくずっと一人だったようですが、次の週からは息子に話しかけてくれるクラスの子もいたようで、息子は返事が上手くできなくて戸惑ったようですが、私は一人ぼっちの子に話しかけてくれる人の優しさを嬉しく思いました。

そして、さすがに私もこの一ヶ月は継続して息子への浄霊に取り組みました。そして、浄霊の箇所もこれまでは額や脳天にばかり時間をかけてきていたことを見直し、側頭部や後頭部、延髄付近の浄霊を徹底しました。今後は肩と腎臓への浄霊の時間を増やしていこうかと思っています。

 

419「息子の話」令和8年6月

六月二十日になりました。最近はブログの内容もより慎重に考えていかないといけないなと思っているところなんですが、どうしても個人的なことでブログに吐き出してしまいたいと思うこともあり、文章を作ったもののやっぱり今はこんな個人的な話はどうでもいい話だなと思いせっかく長々と作った文章を消したりもしていました。今日は私個人の話ではなく息子の話をします。

私の息子は現在高校一年生です。私は息子が勉強ができるできないは全く問題にしておらず、友達がいるかどうか、楽しい学校生活を送れているかどうかということを常に気にしてきました。息子は小学生の間はずっと特別支援学級でした。一年生の時は支援学級に息子一人しかおらず寂しい状況でしたが、二年生以降は支援学級の人数も増え、その子達と仲良くしており、息子の性格もあっけらかんとした感じでした。

中学生に上がっても息子は支援学級でした。小学校から同じ支援学級だった子がいたりしたおかげで支援学級内ではちゃんと友達がいたんですが、交流学級にいる時は話せる友達ができなかったようです。体育の授業で二人ペアになる時にあまるのはだいたい毎回息子で、先生の指示で三人一緒になった時もあれば、誰ともペアを組めず一人突っ立っていたということも何度かあり、そんな話を聞く度に私は胸が苦しくなりました。そんな状態は二年生まで続きました。小学生の時までは息子はあっけらかんとした子だったのに、中学生になったらだいぶネガティブ思考な子になってしまいました。

なんで私が息子の学校生活で友達ができるかどうかということを一番に気にしていたかというと、私自身が小学生時代に友達がいなくてものすごく辛かった経験をしているからです。私は小学一年生から三年生までの三年間ほぼ友達のいない一人ぼっちの学校生活を送りました。自分から話しかけて友達を作ろうと頑張っていたこともありましたがうまくいかず、ほぼ一人ぼっちの三年間を過ごしたんです。あのものすごく辛かった経験を息子には絶対にさせたくなかったんです。ですが、現実は息子は交流学級では話せる人がいないという状況が二年続きました。

息子は部活動もやっていたんですが、誰も友達もいない状況で部活動に入り、一年半ぐらいはペアの子達など何人か話せる子もいてどうにかやっていけていました。ですが、二年生の半ばを過ぎた頃から息子は部活動で誰とも話せる友達がいなくなり、孤立してしまいました。みんな陽気な子達ばかりで、息子はその雰囲気の中にいることができなくなってしまったようです。試合の保護者当番の時に息子がみんなの輪から外れずっと一人ぼっちでいる姿を見た時にはものすごく胸が苦しくなりました。辞めさせてあげるべきかものすごく悩みましたが、息子は自ら一人でいることを選んでいたので辞めさせず、三年生の六月まで無事に部活動をやり遂げました。

そして、三年生の時は支援学級には籍をおかず、交流学級に籍を移しました。三年生に上がる前に三者面談で息子が二年間交流学級にいる時間誰も話せる相手がいなかったということを話し、三年生では話ができる子と同じクラスにしてほしいと先生に相談し、願いが叶い、最後の中学校生活では交流学級で友達のいる学校生活を送ることができました。ただ、息子は友達と二人で話す分には良かったんですが、別の第三者が話に入ってくると緊張してどうしても話せなくなるという悩みを抱えていました。

息子の話をざっと書いてきましたが、高校生活が始まって二ヶ月半経ちましたが今現在息子は友達関係で酷く悩み疲れ切っている状況です。行動を共にしてくれる友達ができたことはありがたくは思っていたんですが、入学当初からその友達とは関係が上手くいってないようには見えていました。そして、最近になって息子がその友達のことでより酷く悩んでいるようだったので先日二日間夜息子とその友達のLINEのやり取りを見てみました。そして、あまりにも酷い内容に私もぶち切れてしまいました。

いじめと言っていいのか、悪質な嫌がらせと言えばいいのか分かりませんが、その子は約束事や時間の話をする時に嘘を言ったりかまをかけたりして頭での理解が追いつかない息子のことをバカにしていたんです。自分でかまをかけて息子を混乱させ息子のことをいびりまくってくるというとても悪質なことをやっていたんです。その子に振り回されているのは息子なのに息子がその子に謝るというやり取りを見てものすごく腹が立ちました。

約束事の時間に関しても分かりづらくはっきり言わないので確認のために聞き返すと三十分ほどわざと無視をされました。私はそのLINEのやり取りを息子と一緒にずっと見ており息子一人では返信もできない状態だったので途中から加勢をしました。あまりにも息子をバカにした言葉の連続にものすごく腹が立ちました。私はもう妹にも連絡してLINEの内容を話し、妹にも返信の内容を考えてもらったりもしました。妹は冷静になって良い文章を作ってくれ、それを送り、やっとその子とのLINEのやり取りを終わらせられるかと思ったら、今度はわざとその子が下手に出てきてまた嫌がらせが始まり、最後は次の日に朝部活動の顧問の先生に話をしにいかないといけなくて、息子に一緒に行ってほしいということで八時十五分に待ち合わせるという約束をしてようやく数時間におよぶ長い長いLINEのやり取りが終わりました。試験前なので試験勉強をしないといけないのに数時間におよぶLINEのやり取りも嫌がらせのためにわざとやっていたのかなとも思えました。

次の日、一緒に部活動の顧問の先生のところに話に行ったのかと息子に聞いたら、結局その子は一人で先生のところへ行ったようです。息子が早く登校する必要なんてなかったんです。いつもより十五分程度早く登校しただけなのでまだ許せますが、そこでもまた息子はその子に嫌がらせをされたわけです。

ここ最近息子が毎日のように「◯◯くんの言ってることが聞き取れない、大事な話をしてるのに僕には分からない。補聴器をつけたい」とすごく辛そうに言っていたんですが、おそらくそれはその子がわざと小さな声で話したり嘘を言ったりかまをかけたりして息子は混乱させられていたんだろうなと思います。

怒り、悲しみ、いろんな感情が沸き起こります。そして、せっかく浄霊というありがたいものがあるのに息子が体調が悪い時や気分が落ち込んでいる時はもちろんしていましたが、それ以外の時に継続して浄霊に取り組むということが少なかったので、そのことを私自身反省しました。

息子に学校を辞めたいかと聞くと息子はそうは思ってはいないようです。その子のお母さんに私から直接話をすることも考えていますが、今はまだ様子見です。その子は息子と中学校も同じで、その子のお母さんはとても気さくで話しやすい人です。きっとその子のお母さんが気を遣って息子と仲良くするように言ってくれていたんじゃないかと思うんですが、息子はいろんな面で他の子より劣っていますし、人との会話がとても苦手です。その子も息子と一緒にいることにストレスを感じて嫌がらせのようなことをするようになったのかもしれません。

あと他にも、その子が息子に嫌がらせをする理由は私が車で息子の送り迎えをすることが多いからなんじゃないかとも思えます。基本は息子は自転車通学なんですが、高校までの道のりが半分は坂道なので、行きは三十分、帰りは一時間かかります。帰りに至っては四十分ほどは坂道を自転車を押して帰っています。私自身も中学と高校で原付免許をとるまでは自転車通学だったので、学校帰りの坂道を自転車をずっと押して帰るきつさは十分に分かっており、高台に家があることにものすごく不満を持っていたため、息子にはついつい甘やかしてしまい、送り迎えをしてあげることがよくありました。私の住む地域にいる人達は結構な割合で送り迎えをしていると思います。

そして、休みの日にその子と遊ぶ約束をしていた時や一緒に図書館に行って勉強をする約束をしていた時も私は息子の送り迎えをしてあげていました。その子も一緒に車に乗って行くか私も聞いてあげたりしていればよかったんですが、その子は住んでいる地域が違い、坂道などもないので大丈夫だろうと私なりに判断してしまっていました。ですが、その子が息子に嫌がらせをしてきていたのは車での送り迎えに関することが原因で起こっていたこともあったので、きっとその子はそのことに苛立っていたんだろうと思います。

朝起きるのが遅くて自転車で行くには間に合わなくて車で送って行ったこともありますし、息子が中学生の時に雨が降ったあと自転車での通学中タイヤが滑り横に回転するように転び、けっこう大きな怪我をしてしまったことがあり、それがきっかけで雨の日は特に送り迎えをしてあげていました。雨の日に朝は学校まで送り、私が仕事で迎えに行けなかった日は息子は高校から一時間半以上かけて歩いて帰ってきていました。

一、二週間前その子との約束の日に図書館まで息子を送って行った理由は息子が図書館の場所を知らなかったからでもあります。そして、その子は家から図書館まで自転車で十分ほどだと思いますが、息子は行きはその倍、帰りでは一時間近くかかります。坂道を自転車を押して帰る大変さをその子にも分かってほしいと私も常々思っていましたし、息子だってそのことはその子にちゃんと説明しています。それでもおそらくその子は苛立っていたんだろうと思います。やはり私がそのことをいろいろ配慮してその子にも一緒に車に乗るか声をかけていればよかったのかもしれません。図書館に行った日、家を出る直前にその子から謎の嫌味なLINEのメッセージが届き私も息子もかなり動揺したんですが、その時のこともその子の嫌がらせだったんだなと思います。

それで、昨日も雨だったので息子を学校まで送ったんですが、迎えに行った時初めてその子も一緒に車に乗せ家まで送りました。息子に朝その子に帰りは一緒に車で帰るか聞くように言っておいたからです。その子はバスと自転車を使った別の通学ルートのため今まで声をかけていなかったんですが、雨の日は自転車は使っていないだろうと思い帰りが大変だろうと思い声をかけさせました。

車の中でその子に話を聞いてみると、朝は自転車で駅まで十五分かかり、そこからバスで高校まで三十分から四十分かかると言っていました。雨の日は自転車の代わりに一駅電車に乗ると言っていました。家から最寄り駅まで歩いて十五分かかると言っていました。通学にだいぶ時間がかかっていたようで、そりゃあ車でさっさと帰って行く息子に対し苛立っていただろうなとは思います。息子とその子は部活も一緒なので、その子が自転車を使っていない雨の日には特に声かけをさせて帰りは家まで送ってあげていれば息子もここまで嫌がらせをされずに済んだのかもしれません。

と言っても私が送り迎えをしてあげれているのは五月中旬から今現在まで仕事をしておらず家にずっといたからです。もう生活費が尽きるのですぐにでも働きださないと生きていけなくなります。なので働き出したら息子の送り迎えも減ると思います。

息子の送り迎えのことだけが原因で息子が嫌がらせをされていたわけではないと思いますし、息子ももうその子とはなるべく関わりたくないと言っています。

ここまでものすごく長々と話を書いていたらまた今息子にその子から嫌味なLINEのメッセージが届きました。今日もまた私はぶち切れる羽目になりました。何度か返信させてもうそれ以上はLINEを開くのはやめさせました。怒りで頭の中が沸騰しています。明日は息子が学校で試験があるので明日まではどうにか耐えようと思います。

 

418「二割の意味」令和8年5月

五月八日になりました。今日は先月書くつもりでいた話を書こうと思います。一ヶ月半ほど前の三月下旬、ユーチューブの動画のコメント欄を見ていた時、「進撃の巨人は観た方がいい」という言葉があり、それが心に引っ掛かりました。進撃の巨人は数年前から息子がHuluでよく観ていたアニメでしたが、初回から母親が巨人に食われるシーンがあるということは知っていたので、そんな恐ろしい話なんて観たくないと思いそれまで全く興味もありませんでした。ですが、そのアニメで何か得られるものがあるのかもしれないと思い、その日からHuluで見始めました。見始めると思いのほか惹き込まれ、九十四話の最終話まで六日間で見終えてしまいました。

巨人との戦い、人間同士の争い、それぞれの正義、いろんなことを考えさせられる物語でしたが、私が引っ掛かったのは最終的に生き残った人類が二割だったということです。もしかして、現実の世界でもそうなるということなのかと思ったんです。そのことを先月ブログに書こうと思って文章を作っていたら、途中で神慈秀明会について書きたくなったのでブログの内容を変えたんです。

そして、今朝またそのことを考えていた時に気づいたんです。二割というのは人類全体の二割という意味ではなく、岡田茂吉教祖を信仰する信者さん方で残るのが二割だということをです。数年前にブログでも書いたと思いますが、その当時の現状で私は一割ぐらいしか残らないんじゃないかと思っていたんです。メシヤ様のお言葉でもそうあったと思います。ネット上での情報しか私は知るすべがないんですが、どの教団も勘違いしている方達があまりにも多過ぎると思っていたんです。なので、五年半前に私が掲示板に投稿した時にもお伝えしましたし、このブログでも何度も書いてきました。薬併用の浄霊なんて許されないことですし、全く意味のないことです。浄霊が効かないのであれば、自分に何か間違いがあるんじゃないか、所属している教団が何か大きな間違いを犯しているんじゃないか、そういうことを考え気づくことだってできたはずです。

一割しか残らないだろうと思っていたのが二割になったというのは少しは喜ぶべきことなのか、それが現実となった時にどんな気持ちになるか、滅ぶ割合の方が多いことに落胆するのか、今はまだ何とも言えない気持ちです。

 

417「再び秀明会について」令和8年4月

四月十七日になりました。今年に入ってから世の中の動きが目まぐるしくなっており、終末の時代に入ったんだなと実感が湧いてきています。この最後の審判というのは三千年の夜の時代の清算というだけではなく、九千年の清算でもあるそうなので、想像を絶するほどの大規模な破壊が行われるのかもしれません。

ここからがいよいよ私自身を含め岡田茂吉教祖を信仰する信者の人救いの御用の始まりだとは思ってはいるんですが、正直私は今もって宗教というものが好きではありません。掲示板で世界メシヤ教復興を呼びかけたのは私自身ですし、どうにか宗教に対する嫌悪感というものをなくしたいと思ってきましたがどうしても無理でした。日本国内だけであれば宗教としてやらない方がいいとは思います。ですが、世界へ広げていくとなればやっぱり宗教としてやるしかないんじゃないかと思えます。

私が宗教が嫌いな理由の一つは神慈秀明会のような宗教団体があるせいでもあります。神慈秀明会による悪質なやり方のせいで他の教団まで世間からおかしな目で見られていると私は思っています。秀明会の無理な献金、勧誘、奉仕活動等は旧体制といわれる時のことのようで、三十年ほど前から新体制となって改革されているそうですが、ネット上では今でも被害の声が上がっていますし一部ではその旧体制のやり方が残っているんだろうと思います。

人に浄霊をしたり信仰を勧めることにノルマなんてあってはならないです。そんなものがあれば精神的に追い詰められ地獄でしかないです。献金にしても秀明会の桃の実献金などあくどい搾取としか思えないです。献金や御玉串料は自分にできる範囲の額でいいと思いますし、誰がいくら献金したかなんて神様以外知る必要のないことですし、百万単位の高額献金なんて普通の人ができるわけがないです。神慈秀明会というのは神様を信仰しているように見せかけて本当は狐か何かを拝ませていたんじゃないかと思えるほど私にはあくどい教団としか思えないです。それぐらい酷いことをやっていたのが小山美秀子さんと小山荘吉さんが指導していた旧体制です。お二人とも教団立ち上げ早々邪神に憑かれてしまったんだと思います。そして、邪神の操り人形となり信者さん方を苦しめてしまっていたんだと思います。小山荘吉さんが亡くなり会長が代わり新体制となってからも被害者への対応ができていなかったようですし、小山美秀子さんは旧体制のやり方をちゃんと反省していたんだろうかと疑問に思います。他にも言い出したらきりが無いほど神慈秀明会には問題点がたくさんあります。救世教が邪神にやられていると信者さん方に教え込んでいたのかもしれませんが、自分達も邪神にやられているということに気づけなかったことは残念なことだと思います。

なんでまた秀明会の話をここまで書いたのかというと、掲示板投稿者の一番さんが相変わらず神慈秀明会の創始者小山美秀子さんに心酔しきっているような投稿をされていたからです。一番さんから見る小山美秀子さんは凛とされていた素晴らしい会主様だったのかもしれませんが、現実は歴史に名を残すぐらいの多くの被害者を出してしまった教団の指導者です。小山美秀子さんを褒め称えるような言葉は秀明会の被害者を余計に苦しめることに繋がりますし私も不快に思っています。小山家の方が代々会長を務め、小山家の方々を神様のような扱いをしているかぎり神慈秀明会は小山教でしかありません。できれば被害者への対応をしっかりしたあと解散していただきたいです。そして、亡くなっている方のことをあまりいろいろ言いたくないですし、小山美秀子さんの人柄まで否定するつもりなんてありませんが、小山美秀子さんのことを褒め称えるなら秀明会が解散したあとに創設当初は素晴らしかったと過去を振り返る程度にしていただきたいです。

自分が関わってもいない教団のことをあれこれ書きたくもなかったんですが、小山美秀子さんに対する一番さんの投稿のおかげで私もここまで書く気になれました。一番さんは今でもずっと小山美秀子さんを崇拝している秀明会の信者さん方を代表して掲示板に投稿して下さっているんだと思います。一番さんにはある意味感謝しています。ありがとうございます。

本当は今日は別の話を書くつもりでいたのに今日もまた秀明会の話になってしまいました。今日書くつもりでいた話はまたいずれ書こうと思います。

 

416「秀明会の問題点と救済」令和8年2月

二月二十五日になりました。今日は一つの波紋掲示板を読んで思うことを書きます。最近は神慈秀明会に関する投稿が続いています。つい最近では被害者同盟さんの投稿で「彼らによる破壊活動を止めるためにも、岡田氏の論文使用を停止させる裁判を起こしていただきたいと切に願っております」という訴えがありました。こういった投稿を読むだけでも神慈秀明会がどれほど悪質であるか、どれほど多くの被害者がいまだ苦しんでいるかが容易に想像できます。被害者の苦しみを考えれば涙が出ます。神慈秀明会が離脱当初に多くの奇跡があったことは本当のことなんだろうとは思います。ですが、教祖殿建設に向けて信者さん方に無理な献金を煽ったその時点ですでに神慈秀明会は邪神に入り込まれてしまったんだろうと思います。無理な献金、勧誘、奉仕活動等それらはすべて邪神にやられている証拠です。

私は今から約三年半前にブログを公開しました。私のブログは掲示板投稿者の一番さんも読んでいるはずです。一つの波紋掲示板は元々投稿者の少ない掲示板サイトではありましたが、私がブログを公開してからはより投稿者が減ってしまったように感じ、投稿しづらくさせてしまったのかなと思っていましたが、一番さんは変わらず投稿を続けていました。一番さんの動じない精神は素晴らしいとは思いますが、人の痛みや苦しみを理解せず秀明会の被害者の感情を逆なでしてしまうような投稿には毎回はらはらさせられました。私は「神慈秀明会の奇跡」というタイトルで書いた自分のブログで神慈秀明会は邪神にやられているとはっきり書いています。一番さんはそのブログだって読んでいるはずなのに一番さんの魂には響きませんでした。そのブログでは神慈秀明会について思いつく限りのことを書きましたが、それでも遠慮気味に書いた部分があるのでもっと強くはっきりと書いておけばよかったとも思います。神慈秀明会のダイヤモンドの奇跡を信じている時点で一番さんは今も変わらず神慈秀明会に洗脳されている信者の一人なんだろうと思います。

掲示板の投稿を見るだけでも秀明会の被害者の苦しみは計り知れないものがあります。神慈秀明会の現会長の小山玉男さんが私のブログを読んでくださっているのかどうかは分かりませんが、小山玉男さんには早く秀明会の信者さん方の洗脳を解いていただきたいです。そして、現役の信者、辞めていった元信者の方達を含め秀明会でたくさんの方達が苦しんでいることを認め被害者の救済を真剣に考えていただきたいです。

 

415「私の見た世界救世教暗闘史を読んで」令和8年1月

一月一日元旦、食器棚に食器をしまっていたら台の上に置いていた本に体が当たって本が足の上に落ちてきました。その本は二ヶ月ほど前に掲示板で紹介されていた『私の見た世界救世教暗闘史』という本です。

ネットで取り寄せてから半分ぐらいまでは読んでいたんですが、そこから一ヶ月近く読まないままの状態になってしまっていました。そして、新年早々本が足に落ちてくるという出来事が起こって、これはきっと早く読めということなんだなと思い、早速続きから読み始めました。そして、読み出してすぐさま怒りがこみ上げてきました。三代教主の次男の話が書かれていたんですが、この方は反社会的勢力との関わりがあって、この次男と連絡が取れなくなってしまった三代教主は再建派の川合前会長に相談したようです。そして、この方を救出するために八千万ものお金がかかったようです。そのうちの二千万は女性問題だったようです。この方には愛人もいて、その二千万の中には愛人との手切れ金も含まれていたんじゃないかというふうに書かれていました。

そんな人を反社会的勢力から引き離すために信者さん方の献金のお金が使われたのかとイライラしながら読み進めていくと、どうやらそうでもなく、この方の身柄解放を依頼した東方之光(再建派)は、お金を立て替えた人物でもあり身柄解放に動いた篠田という人物にお金を支払っていないということが書かれていました。当事者はすでに亡くなっていますし詳しい事情は分かりませんが、篠田という人物の奥さんが訴えてきたようです。裏の取引きでどんなことが行われていたのかは分かりませんが、東方之光は真っ黒のようです。東方之光のトップそのものがヤクザの親分のような人間だったんじゃないかとも思えます。そもそもその事件の数年前に起こった教団紛争勃発の際にも反社会的勢力との関わりがあったようですし、救世教はずっと真っ黒なんだと思います。

そもそも三代教主の次男が反社会的勢力との関わりがあったというのはいったいどういう関わりがあったのか、細かく書かれていなかったのでよく分かりませんが、新宿歌舞伎町の飲み屋街を連夜捜査したという記述があったので、おそらく三代教主の次男は夜な夜な歌舞伎町で飲み歩いてそこから反社会的勢力との関わりができてしまったということなんだろうと思います。そんなバカ息子のことは脅されようが殺されようが放っておけばよかったのにとも思いましたが、どんなにバカな息子でも母親なら子供の心配をして当然だとも思いますし、権力を持つ人に助けを求めたくなる気持ちも分かります。結局そのことによって教団紛争により静観の立場をとっていた三代教主は再建派寄りになり、再建派が主導権を握るようになったようですが、本当に闇を感じます。そして、三代教主の次男救出後教団関係の警備会社が作られ、そこの副社長の座に三代教主の次男が就いたようです。教団関係の警備会社は元々別にあったようなんですが、問題を起こした人間のために新たな警備会社を設立し副社長の座に就けるなんて真っ黒だなと思います。

あと、その本には東方之光がやってきた尾行、盗聴、盗撮の話がありました。以前、掲示板で東方之光による四代教主の尾行、盗聴、盗撮の話があり、私はそれは元四代教主のキリスト教化を暴くためのその時だけの行動だったんだろうと思っていたんですが、全くそうではなかったようです。四十年前の話なんでしょうが、東方之光(再建派)は新生派、護持派の事務所、そして、三代教主の自宅等の盗聴もやっていたようです。これは完全なる犯罪です。その盗聴テープの回収とテープ起こしをやっていたのがこの本の著者のようです。そして、それを指示していたのが篠田という人物で、東方之光(再建派)がこの篠田という人物に盗聴を依頼していたようです。著者本人に悔悟の念があるためここまで暴露したんでしょうが、東方之光のやったことは犯罪だと思います。この盗聴を依頼されてやっていた篠田という人物も犯罪者ということになると思いますが、この方が三代教主の次男の身柄解放にも関わっており、立て替えた八千万のお金が支払われていないというのが本当のことであるならその関係者、その家族間で問題解決していただきたいです。

この本では他にもほとんどの方が知らないであろう話が暴露されていました。教団紛争とは権力争いであり、信者さん方は巻き込まれた被害者ですが、東方之光にはもう解散してほしいです。

今年は六十年に一度の丙午の年で火のエネルギーが強い年なんだそうですが、これまで隠されてきたものがどんどん表に出て清算されていってほしいです。

 

414「2025年の終わりに」令和7年12月  

ブログの更新をとめてから半年が経ちました。大した人間でもないことは自分でも十分に分かっているんですが、私には善悪立て分けの役割があると思っています。岡田茂吉教祖を信仰している各教団の専従者や信者さん方には本当に目を覚ましていただきたいという思いとこれが悔い改める最後のチャンスだという思いで前回の投稿から更新をとめていました。ですが、自分の役割は自覚しているんですが私も普通の人間です。普段の生活の中で楽しいこともあれば精神的にきつくなることだっていろいろあります。仕事でミスをして落ち込んだり、人間関係で悩んだり、事故を起こしてはいないものの車の運転をしていてハッとするようなことがあって自分の不注意にものすごく落ち込んだりといろいろあります。私は辛いこと、苦しいことをブログに吐き出すことによって自分の心を落ち着けている面があるので正直この半年の間は自分の心の苦しみのはけ口を封印しているような状態でもありました。ですがもう溜まっていたものを吐き出してしまいたいと思い今日はそれを書くことにしました。

職場の人間関係でもいろいろありますが、この半年の間で経験したことは今までにない経験で、まさかこんなことで仕事を辞めることになるなんてと思う出来事でした。同じ部署で働く私より十五歳ぐらい年上の男性がいたんですが、その人はいつも優しくて目が合うとにこっとしてくれる人で、私はいつも笑顔で優しいおじちゃんだなと思っていました。十五歳差程度でとても失礼かもしれませんが、私はその人のことをお父さんのような存在として慕っていました。別れた彼が私より八歳年下で、彼のお父さんが私の十五歳上だったので、その職場の男性も私からするとお父さんのような存在だったんです。そんな私にとってお父さんのような存在だった男性が八月ぐらいから徐々に私に話しかけてくる頻度が増え、これはちょっとまずいことになるんじゃないかと思ってはいたんですが、九月に入った頃にはデートの誘いのような言葉をかけられました。そこで私はもう気持ちが悪くなってしまいその人と目が合わせられなくなってしまったんです。十五歳年の差がある年上の人から好意を持たれたことが気持ち悪いのではなく、お父さんのような存在として慕っていた人から異性として見られ好意を持たれたことを気持ち悪く思ってしまったんです。それからはもう会話どころか目を合わせることもできなくなってしまったんです。仕事上どうしても話さないといけないこともありその時にはどうにか頑張って対応していましたが、もう耐えられないぐらいの精神状態でした。

結局私はその職場を十月で退職しました。もちろん会社にはそんな事情は伝えておらず、体がきついという理由で退職しました。辞めるまでの二ヶ月の間ものすごくきつい精神状態でした。ただ気持ち悪いというだけでなく、そんな感情が相手に対しても失礼になると思い余計に苦しみました。こんなことになるのなら最初からその人に「お父さんのような存在です」と言っておけばよかったのか、それはそれでとても失礼なのか、どうすればよかったのかは今でも分かりません。こんな話をブログに書いてしまうこともとても迷いがあったんですが、耐えられないほどの精神状態に追い込まれてしまった出来事だったので書いてしまいました。

そして、先月からは短期の仕事をしています。先月は合計で十日間しか仕事をしていません。収入が少なくはなりますが、時間がたくさんできたおかげでネットやユーチューブでいっぱい情報収集をしています。世の中の情報を知るためにそれまでも毎日一、二時間ぐらいはユーチューブを観ていましたが、先月はかなりたくさん観たと思います。そして今月も仕事は十五日程度です。今月もわりとたくさんユーチューブを観ています。私のブログを読んでくれているんだろうなと思うユーチューバーの方も何人かいます。私には自分の役割がありますが、そのために情報を教えてくれているのがユーチューバーの方達です。ありがたいです。

長々とブログを書いていたら日付けが変わってしまいました。今日は私の誕生日です。四十三歳になりました。この一年はいろんなことが起こりそうですが、一人でも多くの方が幸せになれる道を選択してほしいです。

 

413「秀明会の被害者と審判の線引き」令和7年5月

五月二十五日です。今日は最近の掲示板の投稿について思うことを書きます。少し前に掲示板に秀明会の元信者の花桃MIKIさんという方が何度か投稿されていて、最近また花桃MIKIさんの投稿があって、リンクが貼られていた【2ch神慈秀明会スレッド。まとめサイト(仮設)】も読みました。神慈秀明会がどれだけ悪どいことをしてきた教団であるかは私もだいたいは理解しているつもりでしたが、そのサイトを読んで改めて理解が深まりましたし、今まで知らなかったことも知ることができました。

私がそのサイトを読んで一番驚いたのは小山荘吉という人物についてです。その方が神慈秀明会の会主の息子だということや早くに亡くなっているということは知っていたんですが、その方が「命様」と呼ばれている人だったとは今まで知りませんでした。もう何年も前ですが、一つの波紋掲示板で神慈秀明会についての投稿があった時に「命様」という言葉が出てきて、命様って誰のことなんだろうと思っていました。自分で調べるなり掲示板をよく読み返すなりしていれば分かったことだと思うんですが、そうしたこともせずずっとよく分からないままでした。そして、その【2ch神慈秀明会スレッド。まとめサイト(仮設)】の中に書かれていた「命様」と呼ばれるようになった由来にもとても驚きました。この方は会長だったそうですが、妾が五人いたり、「子供は御用の邪魔だからおろせ」と言ったりもしていたそうです。そういう人間が「命様」と神様のような扱いをされるなんて神慈秀明会というのは本当にすごい教団だなと思います。その方が早くに亡くなったのは女性関係の酷さや人間性が関係しているように思えます。無理な献金をさせて多くの信者さん方を苦しめていた中心人物もこの小山荘吉という人だったんだろうと思えます。

秀明会は無理な献金、勧誘、奉仕活動等多くの問題点があるようですが、花桃MIKIさんをはじめ秀明会によって人生をめちゃくちゃにされてしまった方々に対してはとても気の毒に思います。神慈秀明会にはミホミュージアムという何百億という金額を使って作られた美術館があるそうですが、建物と美術品もろとも売り払って秀明会の被害者に謝罪金を渡せばいいのにと思っています。買い手がいるかどうかも分かりませんが、たくさんの悪事を働いてきた秀明会が所有する美術館なんて私は全く興味もないですし、行ってみたいとも思わないです。

そして、最後に書いておきたいことは審判の線引きについてです。これは今から四年半ほど前に私が掲示板に投稿していた時にもお伝えしていることですが、信者さん方の審判の線引きは薬併用の浄霊をやってはいけないということが分かるかどうか、悔い改めることができるかどうかです。掲示板に投稿した時には東方之光教団に対して言っていますが、これは岡田茂吉教祖を信仰するすべての教団に共通することです。掲示板で紹介される御守護奉告には今でも「それのどこが御守護なんですか?」と言いたくなるような酷い内容のものが見られます。病気になって手術をすることになって、その手術後の経過が良いことが御守護だと大きな勘違いをしている教団や信者さん方がまだまだ多くおられるようです。薬は毒だということ、病気の原因は霊の曇りにあるので手術をしても何の意味もないということは御教えを拝読しているならちゃんと分かっているはずです。何の病気かを病院に行って検査するぐらいならまだいいんですが、医者に言われるがまま薬を飲んだり手術をしたりするのであれば岡田茂吉教祖の信者である必要もないですし、浄霊をいただく必要もありません。薬を飲むこと、手術をすることを選択する時点で御守護なんてものはなくなると理解していただきたいです。それが分からないということが邪神にやられているということです。各教団のトップ、幹部、専従者が大きな勘違いをしているせいで信者さん方も勘違いさせられていてとても気の毒です。一人でも多くの信者さん方が間違いに気づき悔い改めることができるよう願っています。

 

412「玉依姫」令和7年5月

五月十二日です。先月末ユーチューブで五月三日に日本誠真会の吉野さんが鹿児島に街頭演説に来られるということを知り、ぜひ行きたいと思い翌日職場にその日の休み希望を出して三日の日は街頭演説を聞きに行きました。鹿児島中央駅の広場に向かう途中ぱっと横を見たら演説前で待機中の吉野さんがおられて、かなりの至近距離でお見かけしたのでうわっと驚きました。吉野さんは私のブログを読んでくださっているんじゃないかと思うので名乗って挨拶するべきかとも思いましたが恥ずかしいのでやめました。街頭演説が終わったあとは列に並んで吉野さんに握手してもらいました。これからの日本を立て直していくために吉野さんのような方が出てこられたのはとても喜ばしいことだと思っています。

そして昨日は妹と甥っ子と三人で南九州市の川辺にある玉依姫を祀る飯倉神社に行ってきました。飯倉神社のことは三月に豊玉姫神社豊玉姫陵に行った日に川辺に玉依姫を祀る神社があると妹から聞いて分かっていたんですが、その時点では飯倉神社への参拝の重要性は特に感じていませんでした。ですが、先月末辺りから飯倉神社に参拝に行きたいという気持ちが湧いてきて今回行ってきました。神社の鳥居の前まで行くとちょうどカラスの鳴き声が聞こえてきました。私はブログでよく神社参りの話を書きますが、ブログに書いている神社だけでなく実際はもっと多くの神社に参拝に行っています。そして、神社参りに行った時に蝶が出てくるということもブログに書いていますが、季節や天気によっては蝶はおらず、そういう時にはカラスの鳴き声が聞こえてきます。参拝の前か参拝が終わったあとかはその時によって違うんですが、鳥居のそばまで行くとカラスの鳴き声が聞こえてきます。昨日は天気が雨だったんですが、雨の中カラスの鳴き声が聞こえてきました。

飯倉神社で参拝したあとは九玉神社という猿田彦を祀る神社にも行きました。川辺にはいくつも九玉神社があるそうですが、妹に案内されて行ったその神社はとても手入れが行き届いていて緑の芝生がとても綺麗で周りの竹や紅葉の木にも癒され、その景色は雨上がりでより一層美しく、こんな場所に住みたいと思うほどの絶景の神社でした。

数年前にブログに書いているんですが、私の母は乙姫なんです。どの乙姫なのかまではよく分からず玉依姫なんじゃないかと考えていました。よく分からないままなので、昨日神社で参拝した時もお母さんですか?と問いかけましたが、当然返事なんて聞こえるはずもなく、私の勘違いだったらすみませんという感じではあったんですが、今回飯倉神社に参拝に行くことになったのはこれから玉依姫の働きが始まるということなんだろうと思い行っているので、これからよろしくお願いしますという祈りを捧げてきました。

玉依姫は海の神なので、これから玉依姫龍神としての姿で大きな働きをしていくんじゃないかと思います。母が玉依姫かどうかはよく分からないんですが、もしそうであるならまさかここにきてお母さんが大きな働きをしていくのかととても驚いています。

 

411「豊玉姫陵」令和7年3月

三月二十三日になりました。四ヶ月ぶりのブログの更新です。この四ヶ月の間にも何度かブログを途中まで書いたことはあったんですが、やっぱり今はやめておこうと思いブログを出さずにいました。この四日間私は仕事が連休で時間もあったため昨日、一昨日とずっと書こうと思っていた話を書いていたんですが、こんな話は今じゃなくてもっとあとでいい、もっと先にすべきことを書かなくてはと思い、せっかく二日間かけて作ったブログも出すのをやめました。
 
そして、今日は息子と妹と甥っ子と四人で知覧に行ってきました。妹親子が知覧の特攻基地に行く話は先週あたりから聞いており、私も一緒に行くかどうか迷っていたんですが、ブログに先に出す内容をどうするかは一緒に知覧に行ってから考えようと昨夜考え今日一緒に行ってきました。
 
知覧に着いたら先にカフェでランチをしました。そして、妹がナビを検索していたら近くに豊玉姫神社があると言ったのでせっかくだから参拝しようということになり、豊玉姫神社を参拝しました。そして、そのあと知覧特攻平和会館や当時の隊員達の復元された兵舎、隣接されたお寺や神社を回りました。戦後八十年になりお国のため天皇陛下のためと命を捧げた当時の悲劇の特攻隊員達ももうすでに生まれ変わってきている方もいれば今もまだ霊界にいる方もいるでしょうが、次の人生では幸せな人生を全うしてほしいと願いました。
 
そして、最後に豊玉姫の陵墓とされている豊玉姫陵に行きました。豊玉姫神社のことをネット検索したら知覧に豊玉姫陵があるということが分かり行くことにしました。田んぼの中にある陵墓です。田んぼの細い道を歩いていきその陵墓の三十メートルぐらい手前にある道の角に立った時なんとも言えない気持ちになりました。ここはすごく来たかった場所だと思いました。近くの山の方から聞こえてくる鳥のさえずりもとても心地よく、田んぼの奥に見える山と太陽の景色もとても綺麗でその場所が聖域のように感じました。数年前から私は審判の開始は豊玉姫が関係してくると思っていたんですが、もしかしてそのことと関係しているのかと思いました。世の中を支配している悪人達が早く一掃されてほしいという願いをもっているんですが、早くその願いが叶ってほしいです。
 
書きたい話はいっぱいあるんですが、今日はこれぐらいにしておきます。
 
 

410「人工授精について」令和6年11月

十一月二十一日になりました。私のブログは誰が読んでいるかということは分からないんですが、アクセスの数と時間は知ることができます。私のブログは読んでいる人がまだまだかなり少なく、というよりむしろまだ広まらないでほしいと思っているぐらいなんですが、この一週間に関してはことさらアクセスがなくて若干残念なような気もしたんですが、見ている人がいないからこそできる話があったので今日はそのことを書こうと思います。

以前何度か一つの波紋掲示板でも話題に上がったことのある人工授精に関する話ですが、私はそんなこと許されるはずないでしょうと思っています。もちろんそれは御教えに求める話にはなりますが、人工授精に関する話はメシヤ教発刊の「文明の創造」の未定稿論文「キリスト教と善悪」の中にあります。ネット上でも検索すれば出てきます。その御論文に関しては文章が日本語としては少しおかしなものになっています。もう十年ぐらい前になると思いますが、一つの波紋掲示板でそのメシヤ教発刊のものと同じ文章のものと、それよりは文章が日本語らしくなったものと二つ投稿されていたと思います。その時たしかminoruさんだったと思うんですが、その御論文に関しては英訳されたものを和訳したものなんじゃないかというような投稿をされていたと思います。それを読んで、なるほど、すごいなとその当時思っていたんです。「キリスト教と善悪」はとても重要な御論文のはずですが、本当に未定稿のままだったのか、それとも完成されたものを教団関係者が隠してしまって、隠される以前に英訳されていたものがあってそれを和訳されたものが世に出されたのかは謎です。

その御論文では兇党界の親玉夜叉龍神が人工授精を開発したとあります。その目的は神様の魂(分け御霊)が宿っていない人類を創造するためで、人工授精で生まれるとそのあとの子孫はみんな魂がないんだそうです。ですが、一方で御講話において、「最近人工妊娠ということがありますが、その霊系統のものが妊娠するのでございましょうか」という質問に対し、「そうです。男の霊系統です。ですから自分の系統を人にやるようなものです。祖先が怒りますから、そういう家は断絶します」というメシヤ様の御垂示があります。この御垂示だけを読むと夫婦以外の精子提供での人工授精だと精子提供者の一家は断絶となり、夫婦であったなら人工授精をしても大丈夫なんだと思えてしまうかもしれません。その御垂示に関してはその精子提供の男性側の系統の魂が入るという意味ではなく、その系統の遺伝子が入るという意味なんだと思っています。それに対して祖先が怒るということなんじゃないかと思っています。他の御垂示では人工妊娠に関して「いけないですね」とちゃんとあります。決して夫婦であったなら許されるということではないと思います。動物の場合は機械的に人工授精をやってもいいようですし、ちゃんと魂も入るようですが、人間の場合は違うようです。

もう何年も前ですが、日月神示が本物なのか偽物なのかはっきりと分かっていなかった時に日月神示では人工授精についてどう書いてあるんだろうと思ってネットで調べたことがありました。現代風に訳されたものだったので日月神示ではなくひふみ神示だったかと思います。そこには人工授精で魂が宿るかということについてもちろん宿るというふうに書かれていたんです。それを読んで私はこれは偽物だと思ったんです。もちろん日月神示ひふみ神示が偽物だということは御教えに照らし合わせれば分かるんですが、霊がかりである程度本当のことを言って信じ込ませて肝心のところでは大きな嘘をついて人間を騙すのが邪神のやり方なんだと思います。

人工授精が始まって何十年と経っていますが、現在では当たり前のように人工授精や体外授精が行われていて本当に恐ろしい世の中だなと思います。ですが、カトリックなどでは人工授精は禁止されているそうです。とても素晴らしいことだと思います。なかなか妊娠しないのは霊的な原因もあったりしますがほとんどが体の毒素が原因なので、人工的に妊娠させようとするのではなく妊娠できるよう男女とも体を健康にすることが大事だと思います。あとは妊娠しづらい年齢になってからようやく結婚する人が増えている世の中の流れを変えていった方がいいと思います。私はこれまでに人工授精で生まれた人は一人しか会ったことがありません。しかもまだ小さな子供です。この子には魂が宿っているんだろうかと探ってみたい気持ちもあったんですが、その子と直接会話をしたこともないのでよく分かりませんでした。人との会話で妊娠に関する話をしていないから知らないだけであって、私の周りでも人工授精で妊娠した人は意外といるのかもしれません。

魂(本守護神)を宿していない状態で人は生きていけるのかとても疑問に思いますが、食欲、性欲、睡眠欲を司る動物霊(副守護神)が宿っているなら日常の生活は問題なくできるんだろうと思います。ですが、魂が宿ってない以上良いことと悪いことの判断がうまくできず悪いことをたくさんやってしまう人間になってしまうんじゃないかと思えます。かといって、いくら魂を宿してはいても私の父のようにいくつもの邪神に憑依され精神病となり毎日大発狂する人間だっていますし、別れた彼のように邪神に憑依された恐ろしい人格を持つサイコパスのような人間だっています。魂を宿していない人がどういった社会生活を送っているのかは実際に見ていないので分かりませんが、私の父や別れた彼と似ている部分があるのかもしれませんし、邪神に操られるがまま世の中を悪い方向へ仕向ける支配層にいたりするのかもしれませんし、特に大きな問題もなく平凡な暮らしができている人もいるのかもしれません。

兇党界の親玉夜叉龍神はすでにもう流されているそうですが、その眷属が今もずっと暗躍し続けています。邪神は魂のない人達を使って今後まだ何かするつもりなのか、そして、清算の時その人達はどうなってしまうのか、とても深刻な問題なのでブログに出すことなんてできないと思っていたんですが書いてしまいました。

 

409「 彼のインスタグラムと非通知の電話」令和6年10月

十月二十八日です。今日は五ヶ月ぶりに別れた彼に関する話を書きます。書かない方がいいのかもしれませんがこの五ヶ月の間にも何度も感情が爆発しそうになり、もう書いてしまおうと思って文章を作るところまではやったもののやっぱりブログに出すのはやめておこうと心を落ち着かせて耐えてきました。私には自分の役割もあるのであまり醜態をさらすようなことはするべきではないと思うんですが、これは私のブログなので自分のやりたいようにやってもいいんじゃないかと思い今日はまた彼の話を書くことにします。

昨日は妹に会ったので妹の携帯で彼のインスタグラムを見せてもらいました。最近の投稿はラーメンのことばかりでしたが、ストーリーを見ると彼がMさんとMさんの子供とキャンプに行った写真が投稿されていました。彼がMさんとMさんの子供を楽しませてあげたいという気持ちでキャンプに連れて行ったのは分かるんですが、彼はMさんの子供がドラム缶風呂に入っている写真をストーリーに投稿していたんです。珍しい体験をさせてあげたかったという彼の気持ちは十分に分かるんですが、女子中学生の入浴シーンをストーリーに投稿するなんてなんてバカな男なんだと思いました。もちろんドラム缶風呂からは顔だけしか出していませんでしたし、顔もスタンプで隠していたんですが、額より上の部分は隠されていなかったので、MさんやMさんの子供のことを知っている人であれば子供の写真を投稿したものだと分かってしまうんです。ドラム缶のお風呂といういくら珍しいものであったとしても、彼にやましい気持ちなんて一切なかったとしても自分がお風呂に入っている姿を母親の彼氏に写真に撮られるなんて私だったらものすごく嫌な気持ちになったと思いますし、いくら顔を隠しているとはいえストーリーに投稿されるなんてありえないですし許せないです。その写真を撮ったのが彼ではなくMさんだったんだとしてもその写真を彼が使うのはよくなかったんじゃないかと思います。彼は本当に考えなしの男なんだと思います。

私は今も自分の携帯ではインスタグラムを見ていません。ですが今でもやっぱり彼のことは頭から離れないので妹に会った時に妹の携帯で彼のインスタグラムを見てしまっています。本当にたまにしか見ていないんですが、ちょうどたまたま見た昨日、とんでもない彼の考えなしのストーリーの投稿を見てしまったので怒りが込み上げてきて書いてしまいました。もしもいつの日かMさんの子供が私のこのブログを見る日がきたらその子のことをものすごく傷つけてしまうことになるかもしれません。本当に申し訳ないです。ですが彼のやることは本当に腹が立つので書いてしまいました。

そしてもう一つ、彼のことをなんて最低な男なんだろうと怒りが込み上げた彼のインスタグラムの投稿が以前ありました。彼は新しくオープンしたばかりの店に行き、そこで彼はテレビのインタビューを受け、あろうことか彼は下ネタでインタビューに答えていたんです。そしてそれはテレビで流されており、そのことを彼はインスタグラムに投稿していました。ウケ狙いでやったということは分かります。ですが全く面白くなんかありません。一生懸命店を立ち上げたそのお店の方たちに失礼極まりないことをしてしまっています。彼は本当に考えなしの男です。本当に腹が立ちました。

他にもまだあります。八月上旬、彼はお酒を飲んで酔っぱらった状態で自分の動画を撮ってインスタグラムに投稿していました。彼はその時手にナイフを持ち、ナイフをゆっくり振り回しながら喋っていたんです。恐ろしい動画に驚きました。さすがにその動画は数日後には消えていました。

そして、この五ヶ月ずっと疑問に思っていたことがあります。六月から今月までの間に四回私の携帯に非通知の電話がかかってきているんです。一度もその電話に出てはいないんですが、私はその非通知の電話は彼からなんじゃないかと思っているんです。六月に非通知の電話がかかってきたのは彼の誕生日の次の日でした。七月には何もなく次に非通知の電話がかかってきたのは八月十七日でした。六月に非通知の電話がかかってきた時には彼からの電話だなんて思っていなかったんです。ですが、八月十七日にまた非通知の電話がかかってきた時に彼からなんじゃないかって思ったんです。なぜかと言うと、その次の日が彼が出場するある大会の日だったからです。大会前日で興奮して浮気心が起こったんじゃないかと思ったんです。世の中には浮気や不倫をしてしまう男性はたくさんいると思いますが、彼はセックス依存症で精神科に行くぐらいなので、大会前にそういった欲求が出て浮気心が起こることも全くありえないことではないんじゃないかと思えたんです。彼からの電話だったのかもしれないと思いましたが、彼には一切確認の連絡はしませんでした。

そして、九月にも一度、今月も一度十日前に非通知の電話がかかってきています。先月の電話が夕方で、ほかは夜にかかってきています。詐欺の電話だったのかもしれませんし実際に非通知の電話には一度も出ていないので確実な証拠はないんですが、私にはその電話は彼からなんじゃないかという思いがあります。もしそうであるなら彼は本当にどうしようもない男だなと思います。私の息子とMさんの子供が同じクラスになり、PTAなどの学校行事でMさんと顔を合わせることになるという私にとっては本当に地獄のような状況にある中で、Mさんと別れる気なんてないのに私に浮気心を出してくるんだとしたら許せません。サイコパスの彼のやることは本当に意味が分かりません。

非通知の電話に関することが私の思い違いであったとしても彼のインスタグラムの投稿に関することは本当のことです。そんな彼にMさんは今もまだぞっこんでいるのか、それともさすがにもう精神的にきつくなっているのか、それともサイコパスの彼に洗脳されているのか、Mさんのことは私には分かりません。ただ、私はあと五ヶ月耐えに耐えねばなりません。来月は中学校の授業参観、再来月はPTAがあります。学校でMさんの姿を見ないといけないことになるのは本当に本当に精神的にきつくて苦しくてたまりません。ただ、学校では四月に会ったPTAの時以外はMさんの姿を見ていません。Mさんだって私の姿を見たくないでしょうし、仕事の都合もあって来れない学校行事があったんだろうと思います。ですがあと五ヶ月あります。あと五ヶ月お互い地獄のような状況が続きます。

Mさんの姿を見るだけでもとても苦しい私にはMさんの心配なんてできません。Mさんのことは彼にMさんを紹介したあんなさんに気にかけてもらいたいです。あんなさんは時々彼のインスタグラムの投稿にコメントしています。あんなさんは彼とMさんを結んだ恋のキューピットなんだと思いますが、あんなさんは今もまだ他人の前ではものすごくいい人になる彼の表の顔しか知らない状態なんだと思います。Mさんが彼のことを何もかも分かったうえで交際を続けるなり結婚するなりするのはいいと思いますが、彼は時々人を殺して人の肉を食べた話をします。彼は精神病でそれは彼の思い込みなんだと私は思っていますが、たいていの女の人はそんな話を聞かされれば恐怖で洗脳状態に入ってしまうんじゃないかと思えます。なのでMさんの精神状態が大丈夫かどうかはあんなさんが確認してあげてほしいです。

五ヶ月彼に関する話を控えた結果また長い話になってしまいました。

 

408「瀬織津比売」令和6年10月

十月十四日、その日ようやく速川神社に参拝に行くことができました。最初に速川神社に行こうとしたのが七月で、そこから三度続けて速川神社への参拝がかなわず、今回四度目にしてようやく速川神社に参拝でき妹と喜びあいました。祓戸大神の筆頭が瀬織津比売で、瀬織津比売主祭神とする速川神社に参拝に行くことはとても重要なことだと思っていたんですが、三ヶ月かかってようやく参拝できました。

速川神社に辿り着くまで三ヶ月かかったのも必然だったと思います。この三ヶ月は速開都比売気吹戸主速佐須良比売と祓戸四神それぞれの働きを知る期間となりました。先月末と今月初めにあったアメリカ南東部でのハリケーンと竜巻も速開都比売気吹戸主を筆頭とした龍神の働きだったんだなとそれぞれの働きについて考える機会となりました。

速川神社へ参拝に行く際にどうしても見たかったのは鹿だったんですが、幸運にも鹿を見ることができました。速川神社は車から下りたあと沈下橋を渡り、そこから十五分ほど山を登った所にあるんですが、山を登っている途中で山の斜面にいる子鹿を見ることができました。今回は私と妹と甥っ子と三人で行ったんですが、子鹿を見れたことに三人とも感激しました。

速川神社に着き社殿で「今後の御神業をよろしくお願いします」と祈りました。そのあと右奥にある滝の方へ行きました。そこでは龍神が祀られており、卵やロウソクが供えられていました。しばらく滝を眺めていたら甥っ子が無言で指を差したのでそちらを見たら小川の向こう側の岩の上に蛇がいました。まるでそこの守り神であるかのように堂々としていました。自分たちが気づくとその蛇は草陰に消えて行きましたがしばらくすると草陰から出てきてそのままゆっくりと岩を登り奥へと消えていきました。

ちょうど帰ろうとしたタイミングで雨が降ってきたのでどうしようかと思っていたら宮司さんが傘を貸してくださったので助かりました。山を下っている途中で雨もやみ、途中にある山の湧き水を飲んだりしました。山の湧き水を直接飲む機会はめったにないので貴重な体験でした。そして、下山が終わる手前で建物のある敷地の方を見るとまた鹿がいました。その鹿はこちらを見るなりすぐ建物の裏に逃げて行ったんですが、よく見ると他に二匹鹿がいました。その二匹は逃げずにこちらを見ていました。その三匹の鹿は最初に山を登る時に見た子鹿よりも少し大きかったんですが、その三匹もおそらくまだ子供の鹿だったんじゃないかと思います。とても可愛くて癒されました。

今回ようやく速川神社に参拝できて達成感でいっぱいになりました。瀬織津比売は雨の神のようです。瀬織津比売のこれからの働きがどのようなものになるのか気になります。

 

407「サウンド・オブ・フリーダムと世界メシア教」令和6年10月

十月三日になりました。一昨日サウンド・オブ・フリーダムという映画を見てきました。この映画のことはその前日にユーチューブで知りさっそく一人で見に行ってきました。地元の商業施設内にある映画館では上映されていなかったので鹿児島市内の天文館にある映画館まで行ってきました。その映画は児童人身売買、性的虐待に関する実話をもとにした映画です。怒りと悲しみで上映中何度も涙が出てきました。そして、こういった被害に遭っている子供たちを命がけで救っている人たちがいるんだということにも感動しました。ネットでも人身売買に関する話を読んだりしますが、連れ去られる子供たちの多くは南米やアジアの子供たちで、その大半がアメリカの富裕層に売られていくそうです。日本だって例外ではないだろうと思います。売る側も買う側も悪魔に魂を売った人間としか思えないです。早くこんな恐ろしいことをする人間がいない世の中になってほしいという気持ちが強く沸き起こりました。

そして昨日はネット検索をしていたら世界メシア教教主のご子息真明さんの大祭での話が出てきたので読みました。四代様と真明さんが一番間違っていることはメシヤ様とイエスを同格としている、もしくはイエスの方が上だと思っていることだと思っています。イエスキリスト教のいうメシアではありません。イエスは罪の贖い主です。キリスト教のいう天の父がメシヤ様で、メシヤ様が救い主です。御教えに書かれていることなのになぜ分かっていないんだろうかと疑問に思います。キリスト教関係者と定期的に会って教えを受けてきた結果だとは思いますが、それを東方之光関係者に尾行盗聴され公表されたからといってそのことだけを非難して自分たちの一番の間違いに気づかないということはとても大きな問題だと思います。

最新の大祭での話も読んでみましたが、四代様のお話はキリスト教の文言を使った何を言っているのかさっぱり分からないお話で、真明さんのお話はくどくどくどくどあまりにも長すぎるお話でもうまともに読むこともできない、読んでいる人間がおかしくなってしまいそうになるレベルの話でした。そのあまりにも長すぎる話の中で主張していたことはやはり「浄霊は必要ない」ということと菜食の推奨でした。メシヤ様の名前を使ってキリスト教的信仰、キリスト教的布教活動をするのは本当にやめていただきたいです。

今月から新型コロナワクチンの定期接種が始まりました。対象者は六十五歳以上と六十歳から六十四歳までの基礎疾患がある方たちのようで、年金受給者の高齢者から人を減らしていく政府の裏の計画なのかと思えてしまいますが、新たに加わったレプリコンワクチンはさらに猛毒で呼気などから人へ感染するらしいので、結局のところ日本に住むすべての人が危険にさらされることになりそうです。今はまだ私も傍観しているだけの状態ですが、メシヤ様の御用をしていきたい、浄霊で人救いの御用をしていきたいと思っている信者さん方は全国にたくさんおられると思います。その方たちと一緒に御用ができればと思っています。

 

406「地震と台風と気吹戸主神社」令和6年9月

九月十日になりました。一ヶ月前の八月八日に日向灘地震が発生し、宮崎では震度6弱、私が住む鹿児島では震度5弱の揺れがありました。その時私は勤務中で、突然の大きな揺れにとてもびっくりしました。大きな地震が起こり一番最初に心配になったのが息子の安否でした。部活から帰り息子は家に一人でいる時間だったので、息子が無事でいるのかどうか、一人で怖い思いをしていないかどうかということがとても心配になりました。家には固定電話はなく息子に携帯は持たせていないので息子と連絡を取り合うことはできません。なので妹の携帯に電話をかけました。妹は仕事も休みで運良くすぐ電話に出てくれて、すぐ我が家に向かってくれることになったのでとても安心しました。地震後しばらく経ってから仕事が再開し、仕事が終わりすぐに妹の携帯に電話をかけました。妹が甥っ子を連れて我が家へ着くと息子は地震を怖がった様子もなく平然としていて「何?」と言ってきたそうです。私は仕事が終わるまでずっと息子のことを心配していたのになんだ全然大丈夫だったのかとほっとしました。長年の雨漏りのせいで大きな地震でもくればすぐに壊れてしまいそうなほどのぼろぼろの家に住んでいるんですがどうにか家も無事でした。先月あったその地震は私が今までに経験した中では一番大きな揺れでした。災害で家が崩れるのは仕方がないにしても子供の安否というのは心配で仕方がないというのをその地震で実感しました。

その日は地震が起こる前まではずっと雷が続いていました。いったいいくつ落ちてるんだと思うほど近くでものすごく大きな雷の音が鳴り響いていました。前回のブログで速佐須良比売地震の神だと書きましたが、それだけではなく速佐須良比売は雷の神でもあるようで、その時はあまりにもすごい雷が続いていたので速佐須良比売の働きなんだろうなと思っていました。そして、ものすごい雷が続いている最中にその地震が起こったのでその時は本当にびっくりしました。速佐須良比売の力を見せられたように思いました。前回のブログで速開都比売神社に行った時に気吹戸主神社はあるのに速佐須良比売神社はなかったと書きましたが、瀧のすぐそばに龍神社というのはあったんです。もしかすると速佐須良比売は名前を消され、ただ龍神として祀られていたんじゃないかと思いました。日向灘地震の次の日には神奈川で地震が起きました。おそらくそれらの地震は序章というか警告の意味があったんだろうと思います。

そして、八月二十八日と二十九日は家族で宮崎に行ってきました。父も一緒でした。その旅行の時に前回行けなかった速川神社に行くつもりでいたのにちょうど台風と重なってしまったためまたしても速川神社には行けなかったんですが、元々予定していたみそぎ御殿に参拝に行くことはできました。

みそぎ御殿は古くからある神社です。近くにはみそぎ池があります。天津祝詞にある筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原で、伊弉諾尊が禊ぎ祓いをしたといわれる場所です。五年ぐらい前にも一度息子と妹と甥っ子と四人で行ったことがあったんですが、今回は父も一緒に行くことができました。台風は近づいていたんですが、家から宮崎に向かうまでの間は雨風はほとんどありませんでした。強い雨が降り始めたと思ったら一瞬で止まるというようなことがありました。みそぎ御殿を参拝しみそぎ池まで行っている間もぱらぱらと雨が降り出しかと思えばすぐ止まるということが二、三度あり、陽射しまではないものの雨上がりのような心地良い天気の中でまわることができました。そして車に戻り車に乗る直前から雨が降り出し、車に乗って二、三分後には強い横雨の暴風雨となっていました。すごいタイミングでの出来事だったので参拝が終わるまで台風を止めてくれていたのかと驚きました。

そのままホテルに向かい、その日は台風の中ホテルの中でゆっくり過ごしました。翌日は十一時にチェックアウトした頃には台風の雨風はもうおさまっていました。鹿児島に戻り霧島市隼人町を通っていたらふと蛭子神社という神社の名前が目に留まりました。ヒルコは天照大神の姉神でのちのワカヒメですが、前日にみそぎ御殿に行き伊弉諾尊の家系の神様に参拝したばかりだったので蛭子神社にもぜひ行って参拝したいと思い行きました。

そして九月八日、速川神社を目指し再び宮崎に私と妹と甥っ子の三人で行ってきました。妹がネットを検索をしたら速川神社は臨時休業になってると言ったんですが私はどうしても行きたくて、せっかく宮崎まで行っても速川神社には行けない可能性があるのに行くだけ行ってみることにしました。そして、行ってみるとネットで臨時休業とあったとおり前回行った時と同様速川神社に通じる橋が渡れないよう封鎖されていました。ちょうどそこへ速川神社に行こうとされていた別の家族が来られて少し話をしたんですが、先日の台風でがけ崩れとかがあってそうした影響で臨時休業になってるのかもしれないと言っていました。せっかく行ったのにまたしても速川神社にたどり着けず残念に思ったんですが、妹が速開都比売神社に行こうと言ったので、そこから十分ほど先に行った所にある速開都比売神社に再び行きました。

速開都比売神社に着くと青い鳥居の前で黄色い蝶が出てきました。そして本殿で参拝をして次に本殿横にある神社に参拝をして、さらに進んで気吹戸主神社のそばまで行った時に今日のメインはここなんじゃないかという気持ちになりました。そして、参拝を終えて坂を下りだしたところでまた黄色い蝶が出てきてしばらく近くを飛んでいました。やっぱり今日のメインは気吹戸主神社だったんだと思いました。妹が気吹戸主神社を撮った写真にはきれいな虹色の光が差していました。

ここ最近は地震や台風のことをいろいろ調べたりしていました。地震は霊的には龍神が起こすものですが、人工地震というのもあるようで、東日本大震災が人工地震だったというのはネットで何度か見ましたが、阪神淡路大震災も人工地震だったという話はさすがにそれは違うんじゃないかと思っていました。ですが、ネットの情報を見てると本当だったのかもしれない、とも思えます。どれが人工地震でどれが違うのかなんて私には分かりませんが、そもそも人工地震は戦時中からあったようで、それが本当だとすると日本は戦後もずっとやられっぱなしだったのかと驚きました。人工地震がこれまでに何度もあったとしても神様からするとまだ小さなもので、これから清算のために本格的に開始される神々の働きは想像以上のものなのかもしれません。

それから気象操作というのもあるようで、御教えの「二十一世紀」の中でも晴天も雨天も自由に出来ることになっていて、いつ雨を降らせるかも決めることができて、風もちょうどいいそよ風を吹かせたり、樹木の根を張らせるために強風を吹かせることもあるということが書かれており、将来的にはそういったことが気象操作でできるようになるようですが、ムーンショット計画にあるような台風による大きな被害を抑えるための気象操作というのはやってはいけないことなんじゃないかと思えます。

御教えでは低気圧は霊界に溜まった曇り、汚濁の清掃作用とあり、人間の悪の心、言、行が曇りを作っているわけで、台風で大きな被害がでないようにするには人間の心、言、行が善に変わればいいわけで、それを勝手に人間が操作するのは気象を司る龍神を怒らせてしまうんじゃないかと思えます。速開都比売が嵐の神で、嵐というのは暴風や暴風雨の総称で、台風も嵐の一種なんだそうです。なので、台風の操作をするということは速開都比売の働きの妨害をするということになるんじゃないかと思えます。それに、そもそもミロクの世には悪人は残っていないわけで、そうなると必然的に台風というものもなくなるので台風の気象操作をやる意味がないということになるんじゃないかと思えます。

先日の神社参りは気吹戸主神社がメインだったと思えたので気吹戸主について少し調べてみました。気吹戸主は風の神ですが具体的にどういう働きなんだろうと思い調べたら気吹戸主は竜巻の神だとありました。竜巻は日本ではあまり起こりませんが、気吹戸主は今後日本国内でも大きな働きをされていくのか、それとも外国の方が強いのかと気吹戸主の働きが気になります。