146「父、ついに入院」 平成30年4月

四月十七日、その日ついに父が入院しました。三日間続いた父の大発狂で私は本当にもうご近所の方達に合わす顔もなく朝後ろめたい気持ちで家を出て仕事に行きました。その前日にはさすがに妹も実家に泊まり込んでくれており、仕事が終わったあとすぐに妹に電話をし、父の状態を聞きました。妹は「もう入院させました」と言いました。入れてしまったのかと私は頭が混乱しました。確かにここ最近はもう妹もこれ以上周りの人達を苦しめてはいけないということを何度も言っていて、「もう入院させるから」という言葉は何度も聞いていました。ですが、その度に私はそれはだめだと言ってきました。私は必ずメシヤ様に御守護いただける日が来るとずっと信じてきました。ですが、前日にそれを言われた時に私は何も返事をすることができずにいました。その日は仕事中も妹が本気で父を病院に入院させたりはしないだろうかと考えたりもしました。私もこれ以上は本当にもうどうしていいのかのか分からないという心境になっており、メシヤ様にも「どうすればよいのか分かりません」と御神前で必死に救いをお祈りして家を出てきました。結果私が仕事に行っている間に妹が行動を起こしました。その日は父がとてつもなく恐ろしい狂人となってから二年二ヶ月と二十二日経った日でした。

電話で父の入院を知りいろんな思いが頭の中を駆け巡りました。入院させてよかったのか、この二年二ヶ月周りを苦しめてまでずっと耐え続けてきた自分のしてきたことは間違いだったのか。浄霊で精神病もアルコール依存症も必ず御守護いただけると信じてがんばってきたのにもう終わりだ、もういつ死んでもいいや、と悲観的な気持ちにもなりました。妹は父を入院させてきたあと父の攻撃のターゲットになっていたお隣とそのまたお隣の家に入院の報告と今までのお詫びに行ったそうです。二軒の方どちらも安心されたようでした。散々苦しめてしまっていたにも関わらず「過ぎたことはもういいから」という温かい言葉をもらったそうで私は電話で妹からその話を聞き涙がこぼれそうでした。

妹との電話のあと真っ先にやったのは父が入院した精神病院への電話です。その病院はアルコール依存症の患者には薬は使わないという方針だそうです。ですが、以前一度その病院に相談に行った時の話では眠剤は使わないけれども暴れた時に怪我を防ぐために精神安定剤は使うということを聞いていました。なので、もしかすると父が薬を使われてしまう可能性があります。それは絶対にだめなので病院へ電話をしました。そして、主治医の先生に宗教上の関係で薬は絶対に入れてほしくないので暴れようが怪我をしようが絶対に薬を使わないでいただきたいとお願いしました。すると、主治医の先生からは薬は使わない方針だけれども離脱がなくなるまでの一週間ぐらいは暴れたりする場合は薬を使わないと死にますよと言われました。そう言われた瞬間私は死んでくれて構わないんですけどと思ってしまいました。ですが、離脱症状が酷くてもしも死んでしまった場合病院側に迷惑をかけてしまうことになるなと思いました。

実際に父は入院してすぐ舌を噛みきって死んでやると言って暴れたそうです。主治医の先生には薬がだめなら退院させますかと言われました。そして、どういった宗教なのかと聞かれたので手かざしで病気を治すんですと答えたら、手かざしで病気が治るなら病院にも来ていないはずですよねと言われました。私はごもっともですと答えました。精神安定剤を使うのかを尋ねると薬の名前は始めて聞く名前だったので聞き取れませんでしたが、麻酔だと言われました。私が病院に電話をかける前にすでに一度使われたようです。とても動揺し、メシヤ様に申し訳なく思いましたが、メシヤ様の御垂示に歯医者での麻酔はよいとあるのを思い出し、麻酔だったら大丈夫だと思い、極力使わないようにとお願いし、父の入院をお願いしました。

その日、夕拝の時も父を入院させてよかったんでしょうか、周りの人達を苦しめてまでずっと入院させることを拒んできた私は間違っていたんでしょうかとメシヤ様にお伺いしました。そして、妹から聞いた「過ぎたことはもういいから」と温かい言葉を言ってくださった近所の方の言葉を思いだし感情が込み上がり涙が溢れました。私は人を苦しめたかったわけじゃない、と涙が止まりませんでした。

私はどれだけ周りの人達を苦しめていても自分では絶対に父を病院に入院させるという行動は出来なかったと思います。メシヤ様を信仰していながら病院に入院するなんてありえないことだと思ってきました。そして何より私はメシヤ様から御言葉をいただいているのでなおさら父を入院させる気なんてありませんでした。妹も父を入院させるとことをずっと悩み、御神前で涙を流しながらメシヤ様に祈る妹の姿も私は目にしています。父を病院に入院させるという私には絶対できない行動をメシヤ様が妹を使ってさせてくださったんだと思います。

その日夕拝を終えるまではいろんな感情が込み上がり私が今までやってきたことはなんだったんだと落胆もしましたが、よく考えてみると私のやってきたことは間違いではなかったんだと思えました。そもそも父がとてつもなく恐ろしい狂人となってから入院するまでの二年二ヶ月と二十二日の間私はいろいろな気づきもいただきました。浄霊によって父の発狂が収まることも何度もありました。そして、つい先日メシヤ教が目を覚まさない限り父がよくなることはなかったんだという気づきもいただいています。そして、精神病は最後の審判でもあります。父がお酒を飲まず、アルコール依存症の症状がない精神病であれば父を病院に入院させるなんてことは絶対にしていません。アルコール依存症がなければ父の精神病は浄霊によってすでによくなっていたはずです。せっかく浄霊をしても父がお酒を飲んでしまうせいでいつまで経っても精神病が治らないという状況がずっと続いていたんです。御教えには酒飲みはお腹の副守護神が光を受けると萎縮しお酒も飲めなくなっていく、また他の御教えでは正しい信仰をすればお酒も飲まなくなっていくとあります。私はその御教えがあるからこそ必ず浄霊でアルコール依存症も治ると信じてきたんです。ですが、父の場合は邪神界からの支配があまりにも強すぎます。メシヤ教が目を覚まさない限り父は邪神に支配され続けお酒を断つことができなかったんだと思います。

そして、もし浄霊によってアルコール依存症も治っていたら私はそれを同じように苦しむ他の方にも押しつけてしまった可能性があります。アルコール依存症を伴う精神病は本当に大変です。この世の地獄を味わうことになります。治るまでにそうとう時間を要します。今回父をアルコール依存症を治すために入院させることになりましたが、その病院がアルコール依存症の患者には薬は使わない方針であること、また、離脱症状がなくなるまでの一週間の間は薬を使う場合もあるそうですが、それは麻酔として使うということなので、アルコールを体から抜くためだけの入院であるならメシヤ様は入院も可とされるんだと思います。その麻酔として使う薬というのは点滴なんだそうです。おそらく精神安定剤なんじゃないかとは思います。

父がいなくなって家での生活で最所に変わったことは夜カーテンを閉めれるようになったことです。精神病の父はカーテンを閉めることを極端に嫌っていました。夜私がカーテンを閉めてから御神前で御参りをすると怒りでスイッチが入って発狂しだすことがよくあり、父を刺激しないために自分の部屋以外は夜もカーテンを開けたまま過ごしてきたんです。父がいなくなってようやく夜はカーテンを閉めることができるようになりました。そして、息子もようやく辛い生活から解放されました。ようやく父のいない静かで穏やかな夜を息子に過ごさせてあげれるようになりました。父が入院していなくなってこれですべてが終わったわけではありません。やらなければならないこと、考えなければならないことはたくさんあります。不安もたくさんあります。いろんな不安を抱えつつもその日ようやく静かな夜を過ごし眠ることができました。