208「父、再び行方不明」 令和元年8月

八月二日、その日妹は父の分の晩ごはんと翌日の父の朝ごはんを用意してから私が住む実家に戻ってきて泊まりました。父の現在の一番の攻撃のターゲットは私で、妹自身は攻撃のターゲットにされてはいないんですが、父はお酒を飲んで発狂しだすと顔を真っ赤にして怒鳴り狂いながら私の悪口を言い出し、そこで妹が父に何か言うと妹まで攻撃されるそうです。父の言うことに相づちをうってあげることで父の心が安らぐということは分かっていても父はスイッチが入るとすぐに人格が変わり発狂してしまうため、四六時中父と一緒にいる妹も精神が疲れはて父に優しく接することができなくなってしまいます。父を家に一人でいさせるのは心配ではありますが、逆に一人の方が父も落ちつくんじゃないかとも思いました。

次の日の八月三日、昼頃妹が父と暮らす溝辺の家に戻ると父はまだ眠っていたそうです。相変わらず私の悪口は言うようですが、たくさん眠ると父も大声で怒鳴り狂うことはないようで、その日父は落ち着いていたようです。次の日の八月四日が第一日曜日で、我が家の月次祭と慰霊祭があるため、三日の夜も妹は実家に戻ってきて泊まりました。

八月四日、月次祭と慰霊祭を終え昼一時頃妹が父と暮らす溝辺の家に戻ると父は顔を真っ赤にして発狂したそうです。おそらくお酒を買いに行き飲んだんだと思います。その日は元々父と妹と甥っ子の三人で墓参りに行く予定だったため車で墓まで向かったものの、怒り狂っていた父は墓に着く前に車から降りてしまったそうで、父はそこから歩いて十分ほどの所にある大型商業施設へと向かっていったそうです。妹はずっと徐行運転で父を追いかけ、父に車に乗るように説得したようですが、怒り狂っている父は一切妹の言葉を聞き入れず、妹に二千円出すように言い、二千円を持って父は大型商業施設の中に消えて行ったようです。駐車場が満車ですぐに父を追いかけることができず、妹はまた父を何時間も探すはめになりました。

その大型商業施設から我が家までは歩いて一時間ほどの距離です。怒り狂った父が歩いてここまで来て家に入ってきて大発狂する可能性も十分あるため私も不安な時間を過ごしました。天津祝詞を三回奏上してメシヤ様に御守護お願いをし、そのあと父に遠隔浄霊をしました。

父は夕方六時頃我が家へ来ました。ちょうど私が自治会の回覧板を回しに行って留守をしていた時でした。家の前まで戻って来たら家の中から父の怒り狂った声が聞こえてきたので心臓がどきっとしました。父に見つからないように私は家の外にしばらく隠れました。そして、父が玄関から出て裏庭に手を洗いに行った隙にさっと家の中に入りました。そして、家の中にいた息子に向かってしーっと指で合図し、私は家の中に隠れました。父は裏庭で手を洗ったあと倉庫に行きました。息子は私が父に暴力を振るわれる姿を何度も見てきているため私を守ろうと勇敢にも父のそばに行き怒り狂っている父に優しく話しかけていました。父は息子に私の悪口をしばらく言い続け、先日と同様また毛布を持って出て行きました。

息子に父が帰ってきた時の様子を聞くとやはり怒鳴っていたそうで、扇風機が倒されていました。おそらく父は怒鳴り狂いながら家の中に入ってきて私を探したんでしょうが、運よく私は家の中にいなかったため顔を合わせずにすみ助かりました。父は妹に腹を立て連絡もとれなくなったため、歩いて一時間で着く我が家へ来て私から三千円お金を取る気だったようです。ですが、私が姿を現さなかったため諦めて毛布だけ持って出て行ったようでした。妹にすぐ電話をかけ妹に来てもらいました。妹は父がいなくなってから二時間ほど父を探し回り、いったん我が家へ戻ってきてそれからすぐにまた父と妹が暮らす溝辺の家に戻っていました。父が歩いて四、五時間かけて溝辺に帰るか、それともこちらの家に帰ってくるか、それとも警察から連絡がくるか分からない状況のなか妹は父の晩ごはんを用意して待っていたようです。

妹が我が家へ戻ってきてくれたのは七時過ぎでした。それから、十五分ぐらい経った時に父が戻ってきました。大声ではなかったものの父は庭先で私の悪口をずっと言い続けていました。ちょうど妹も父を探しに家を出ようとしていたところで、妹がいてくれたおかげで父も大声で発狂することもなく、妹が父をなだめてくれ、父を溝辺の家に連れて帰ってくれました。父の攻撃のターゲットになっている私は父とまともにしゃべることもできません。妹がいてくれて本当に救われました。感謝しかありません。そして、私が住むこの家は父が建てた家なので、怒り狂った父に「この家は俺の家だ。お前が今すぐ出て行け」と怒鳴られ父が溝辺の家に帰らずこの家に居座ろうとするんじゃないかという心配をしていたんですが、そんなことはせず、怒鳴りはしたものの二度までも父が毛布を持って出て行ったことに父の本来の姿の謙虚さを感じました。

退院した父は毎日私の悪口を言っているようです。父が根に持っていることの一つは私が父を平手打ちしたことなんだろうと思います。今から三年半前父がとてつもなく恐ろしい精神病となり大発狂するようになってから私は何度も父と大声で喧嘩をしました。大発狂する父に耐えきれず父の顔を平手打ちしたこともありました。掴み合いになった時に父の腕におもいっきり爪を食い込ませたこともあります。父が泥酔状態で庭で近所の方のことを大声で叫んでいた時には父を蹴り倒したこともあります。父が発狂するため私も耐えきれずにやってしまったんですが、精神病の父自身は自分が悪いなんて微塵も思っていないはずです。私の方が何度も父に殺されかけたのに、父は自分が私に暴力を振るわれたということだけが頭に残っていて私に対する怒りと憎しみが強いんだと思います。そして、他にも私が父のやることに文句を言ったり、私の父に対する上から目線のしゃべり方が父にはそうとう気に入らないようです。

父が今最も嫌いな人間が私です。その私が父が建てた家に住み続けていることが父をさらに苛立たせてしまっているんだと思います。父は家に戻ってきた時に「一ヶ月経ってもお前がこの家にいるなら俺は裁判所にも警察にも行くからな。この家にいるならお前がこの家を買い取れ」と怒鳴っていました。父の言い分はごもっともだと思います。ですが、今の状態の父を家に戻せばご近所の方達がまた恐怖に陥ります。絶対に父を家に戻すわけにはいきません。そして、我が家にはメシヤ様の御神体を祭っているため家を空けるわけにはいきません。私が父から家を買い取ることで父の私に対する怒りが収まるなら買い取りたいです。ですが、現段階では貯金は何もなく、あるのは借金だけです。どうすればいいのかと悩みます。